SMAPに関する記憶

2016年、20年もの間、常にトップを走り、国民的アイドルグループだったSMAPが解散する。

私は芸能界には疎い。ここ10年以上、家にテレビはないし、それ以前から、芸能人やアイドルに対して興味が薄い。大体毎年、大晦日の紅白は観るので、紅白で初めて「ほうほう、今年よく名前を聞いたナニガシという子はこの子か。なるほど」というくらいの疎さだ。

私から見たSMAPは、言わば辺境から見たSMAPだ。こんな辺境の国民にすらよく知られていたSMAPというグループ。まさに「国民的アイドル」だった。

辺境からみたSMAPの記憶を残そう。

私が初めてSMAPというグループを認識したのは、大晦日紅白歌合戦だった。
SMAPは1991年から紅白に出場している。

SMAPの初印象は、今でもよく覚えている。
SMAPって、随分と変な名前のグループだな。見た目もパッとしないし、ダンスも歌も上手くない。すぐに消えて行くグループだな」。

そう、最初、「すぐ消えて行くグループだ」と思ったのだ。

次に記憶しているのは、随分と大きく「SMAPから1人脱退する」という報道がされたことだ。
「森くんという人物は、まったく知らなかったし、そもそもSMAPが6人だったことも知らない。1人脱退って、それ、そんなニュースバリューのあることなのか?SMAPってそんなに人気のあるグループなのか?」と思ったのを覚えている。

その当時でも、恐らくアイドルグループとして、それなりの人気を誇っていたのだろうが、1996年の森氏の脱退の時点ではまだ「国民的アイドル」とまではいっていない。

様々な番組でSMAPのメンバーの姿をみるようになったのは、森氏の脱退以後のことだ。

SMAPのすべてのメンバーが、日本中の誰もが知り、愛され親しまれる存在になってゆく。
私自身、まさか自分が、男性アイドルグループ全員の名前と顔を覚える日が来るとは思わなかった。


中居君、キムタク、稲垣君(吾郎ちゃん)、草磲君(剛くん)、香取君(慎吾くん)

これらの愛称は、彼らのブランドを構築する一部だ。だから以下、敬意を持って愛称を使いたい。


SMAPで、断トツの人気と知名度を誇ったのはキムタクだった。
華やかで、何でもそつなくこなし、最もアイドルらしい存在だ。
1996年、キムタクが主演した「ロングバケーション」というテレビドラマは本当に流行った。
私は観たことがないのだが、当時、よく「ロンバケ」という名を聞いた。

その後、キムタクは沢山のドラマや映画に出演している。私も何らかのドラマを観たような気がする。

「何の役をやっても“キムタク”」

よく聞く批判だが、私もそう思った。

しかし、そういう役者は多い。例えば丹波哲郎などもそういう俳優だ。「何の役をやっても丹波哲郎」。それでも一定の評価を得ている。

「主役をはれる華があって、輝きと魅力を放って演じることができる」のであれば、それだけで、ある程度、高く評価されて妥当だ。
むしろ、どちらかといえば「キムタクがハマリ役になる脚本を用意すればいい」と発想すべきところなのだろう。


1997年、グループの中で最も地味な存在だった草磲君が連続ドラマで主演する。
「いい人。」というドラマだ。

確か、地下鉄構内に草磲君の写真に大きく「最初で最後の主役です。」という言葉が添えられた大きなポスターが張られていた、と記憶している。

「そんな扱い…(ちょっと酷すぎ、失礼すぎだろう)」。

私も「SMAPが大人気じゃなかったら、彼が主演のドラマはなかっただろうな」と内心思っていた。
でも、このポスターはいくらなんでも草磲君に失礼だ。「最初で最後」って。こんな公にあからさまに雑魚キャラ扱い。

このドラマ、私は見ていないのだが、高い視聴率で、草磲君は役者として高く評価されたようだ。
それから彼はいくつものドラマや映画で主演している。
主演などの宣伝を見るたびに、「すごいなぁ」と思う。と同時に、あの日のポスターを思い出して、あの失礼なポスターの制作者に対し、ひそかに溜飲を下げる。

1997年、紅白歌合戦の司会を中居君が務める。

紅白の司会は本当に大役だ。ほとんどの人がこなせていない。場にのまれるし、さばかなければならない出演者数があまりに多い。
もっとも、自分がこなせてないことを理解していない司会者も多い。

それを中居君は見事にこなした。初司会の時、彼がものすごく緊張していたのを覚えている。無事、紅白が終わった瞬間、「ああ、成し遂げたね。よかったね。本当によかったね」とテレビの前で、数えきれない人達が中居君を祝福したはずだ。

その後、中居君は何度も紅白の司会を務めた。年々、余裕さえ感じる司会ぶりになっていって、ただただ「すごいな」と感嘆した。
今、日本において、エンタメ番組の司会なら、中居君を超える名司会者はいないだろう。
才能、適性、努力とあと場数。


★★★

SMAPは、個々人でもそれぞれ活躍し、実績を積んできた。
しかし、どんな人でも露出が多ければ、欠点も目に付く。その個性が鼻についたり、飽きられる。

そこをSMAPはグループのチーム力でカバーしてきた。

SMAPの魅力は、何といってもグループメンバー間の、仲のいい、軽妙なやり取りにある。

これが、どんなスターやアイドルよりも魅力的だった。
SMAP以前、私は「仲の良さ」というのがこれほど魅力的なコンテンツ、あるいは魅力的な芸を引き出す基盤になるとは、考えたこともなかった。

SMAPは、日本史上、もっとも沢山の「楽しさ」「温かさ」「幸せ感」を提供したグループだ。

これは第一にリーダーである中居君の功績だろう。

SMAPは、役割的に年上2人(中居君とキムタク。同学年)と年下3人(稲垣君、草磲君、香取君)に別れる。グループを牽引してきたのは、明らかに年上2人だ。

リーダーの中居君について、最初に「この人、すごいな」と思ったのは、キムタクに対する態度だ。本当に、心から「木村君て、すごい」と思っていて、その活躍を応援していることが、画面から伝わってくるのだ。

普通、同じグループ内で、同い齢のメンバーをそんな素直に称賛できるだろうか。
なかなか出来ることではない。

キムタク人気の何割かは確実に中居君の功績だ。

あと、SMAPのメンバーはそれぞれの「よさ」「魅力」を引き出すコミュニケーションをしている。
グループメンバー間の、軽妙で楽しいやり取り自体が芸で、その芸が個々人の魅力を高めている。
しかも、内輪ぼめに陥っているわけではない。エンタメの提供というプロの姿勢は意識して堅持している。

もちろん、それをリードしてきたのは中居君だ。


ある番組で、「中居君と合流するまで、キムタクが年下3人と行動し、リーダー役を務める」という場面があった。
ほんの短い時間だったのに、キムタクの指示する物言いに、他のメンバーの雰囲気がどんどん悪くなっていった。
「あ、リーダーは中居君じゃないとできないんだ」、と思ったのをよく覚えている。

もちろん、キムタクも中居君を支え、中居君とともにグループを牽引してきた。キムタクなくしてSMAPはない。しかし、SMAPで最も「余人をもって代え難い」のは、実はキムタクではなく中居君なのだ。

SMAPの一番のキーマンは、何といってもリーダーの中居君だ、というのは誰もが認めるところだろう。


また、SMAPが市井の人々の中に獲得したポジションも興味深いものだった。

かつて、アイドルと言えば、主に若い女の子の一部が熱狂するだけの存在だった。
また、例えば「銀幕の中の人」みたいな、手に届かない世界の人というポジションだった(はずだ。多分)。

SMAPは違う。
日本全国津々浦々で、ものすごく親近感と愛情をもってその名を語られていた。
「中居君がね…」「草薙君がね…」「香取君がね…」「吾郎ちゃんがね…」と。
まるで近所の子や親戚の子を語るような近さ。言わば、「隣のお兄さん」のポジション。
「こういうポジションどり、ありなのか」と、そこも驚いた。

実はSMAPで、もっとも「愛され総量」が大きいメンバーは、香取君なのではないか、とひそかに思っている。
笑顔が魅力的で、グループ内の末っ子ポジションにある香取君を、まるで、孫を見るように、または、毎日挨拶を交わす近所の子を見るように、温かい愛情を持って見ていた人達が沢山いる。

しかし、実は彼は、様々な才能と卓越したステージ技術を持つ、実力あるプロのエンターテイナーだ。
私は、ある意味、香取君こそ、もっともSMAPというグループのありようを象徴する存在な気がしている。

また、稲垣君も、独特の魅力がある。
SMAPのやり取りの中で、「吾郎ちゃんがうまくフォローしたな」という場面はたくさん記憶に残っている。
なんというか、SMAPというグループのバランスを上手くとる存在だったのではないか。


★★★

1998年、従来のスターやアイドルとは違った立ち位置で「国民的アイドル」となったSMAPは、大きなヒット曲を出す。

夜空ノムコウ」。

SMAPは決して歌の上手いグループではない。
率直に言えば、リーダーの中居君だけでなく、他のメンバーも、それほど歌の才能に恵まれているわけではない。

正直、私はSMAPが歌で実績を残すとは、思ってなかった。

しかし、「夜空ノムコウ」という曲は、曲自体もいいのだが、SMAPというグループが歌うことで、その曲の魅力が何倍にもなったのだ。
これほど明白に曲の魅力をかさ上げするとは。というか、曲の魅力を創り出すとは。
あれには本当にびっくりした。
「歌は上手ければいいってもんじゃあない」というのは知っていたつもりだった。
しかし、この曲を聴くたびに「うわぁ、すごいなぁ」と何度も思った。

しかも、更に大きなヒットを飛ばす。

2003年、「世界に一つだけの花」。

この曲もまた、SMAP以上にこの曲を魅力的に歌えるグループはない。
ここに、SMAPの「国民的アイドル」の地位は不動のものになる。

SMAPが成し遂げたこと。SMAPにしか成し遂げられなかったこと。

30代になり、40代になり、それでもトップを走るアイドルグループであり続けた。
街で、ポスターや映像でSMAPの姿を見かけるたび、心の中で、シャッポを脱いできた。

いつかSMAPのコンサートに行ってみたかった。テレビでみていて、彼らのステージ上での身のこなし、ステージのつくり方、間違いなくプロだと思った。プロのステージをライブで体験してみたかった。

客席で浮きそうな気がして、つい、腰が引けてしまった。なんともったいないことをしたことか。

SMAPが長い年月をかけて積み上げてきたもの。同じ時代を生きた、沢山の人々の中にあるSMAPの記憶。

それらは、日本社会においても大事な財産なのではないか。
SMAPの解散は残念な出来事だ。
そして、解散するにしても、それらの記憶は、消え去るにはあまりに惜しい。


<関連エントリ>
2016年8月28日「SMAP解散が示唆するもの」
http://d.hatena.ne.jp/falken1880/20160828
2016年8月30日「ジャニーズ事務所、この許されざる者
http://d.hatena.ne.jp/falken1880/20160830