そろそろ火事に損害賠償責任を

「火事を出しても基本的には損害賠償責任はない」というと、多くの人が「え?そうなの?」驚く。

根拠となるのはこの法律。

失火ノ責任ニ関スル法律
民法第七百九条 ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス

参考:民法709条(不法行為による損害賠償)故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

この失火ノ責任ニ関スル法律明治32年(1899年)の法律である。

「火事と喧嘩は江戸の華」だった時代。日本中で「大火」が頻発していた時代である。
確かにこの時代は「失火は免責」で妥当だ。そもそも賠償責任など、負わせたところではなから無理な話だ。

だが、時代は変わった。

消防白書で2013年の延焼率を見てみよう。

建物火災の出火件数25,053件、延焼件数4,884件、延焼率19.5%。
http://www.fdma.go.jp/html/hakusho/h26/h26/html/1-1a-5-1.html

延焼した建物が納屋や離れの可能性もあるから、他人の住宅に延焼した件数は4,884件よりさらに低いだろう。

最近の住宅の気密性、耐火性の高さには驚く。
「火事で人が亡くなった」ケースでも、住宅の外見からは火事があったことさえ分らない場合も珍しくない。
実際、「1階で火事があったことに2階で寝ていた家族は気が付かなかった。気が付いたら自然鎮火していた」という場合もある。

もうそろそろ「失火ノ責任ニ関スル法律」は廃止して、失火に賠償責任を負わせてよいころだ。
★★★

さて、「失火ノ責任ニ関スル法律」が廃止されたら火災保険はどう変わるだろうか。

1.個人賠償責任補償特約→値上げ(火災保険→値下げ)

個人賠償責任保険は「法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害」が補償対象だから、失火で損害賠償責任が生じるようになれば、当然その分は値上がりするだろう。
ただし、火災保険は値下がりするするはずだ。保険会社的には、火災損害に対して、火災保険からの支払になるのか、個賠からの支払になるのかの違いに過ぎない。類焼で死亡が発生した場合などの「新たな支払い事由」を考慮しても、トータルの保険料は「若干の値上がり」で済むだろう。

2.類焼損害補償特約→廃止

基本的に個人賠償保険で補償されるので必要ない。例え賠償責任額は時価で算出されるのであってもそれで十分。そもそも「自分の財産の備えは自分ですべき(現代日本においては火災保険に入っているのが常識)である。よって廃止が妥当だ。

というか、今、現在においても「類焼損害補償特約」は奨めないし、私は絶対入らない。

理由は以下の通りだ。

・「類焼損害補償特約」は、支払可能性の低さに対してあまりに高すぎる。類焼件数や、火災保険未加入件数を考慮すると、直感的感想ではあるが「どう計算したらあんな高い保険料が算出されるのか不可解」に思える。保険料のうちの大半が付加保険料(経費。損害保険会社と代理店のふところに落ちるお金)ではなかろうか。

・そもそも「他人の持ち物の補償のために保険料を払う」のは変。非常に違和感がある。

この違和感解消のためにも類焼損害補償特約は廃止になって欲しい。

3.実際の支払はどうなるか。

個人賠償責任補償は恐らく「時価」で算出するだろう。
とすると、実際の支払はこんな感じになるだろう。

例)Aの失火により、B宅が類焼し全焼。Aの賠償責任額(B宅の時価)=600万円。B契約の火災保険(再取得価額補償)3000万円。

→B契約の火災保険会社(X社)がBに3000万円支払い、損害賠償請求権はBからX社に異動。
X社がAに600万円を請求。AまたはAが個人賠償責任補償保険契約をしている損害保険会社(Y社)が600万円をX社に支払う。

なお、支払保険額が損害額より遥かに少なくて、賠償請求をしても損害額に届かない場合は、損害賠償請求権は保険会社に異動はしないだろう。

例)損害額(再取得価額)3000万円、契約保険金額および支払保険金額300万円、賠償責任額600万円という場合。

4.類焼の損害賠償責任には、住宅、家財の損害以外の損害も含まれてくるだろう。

例えば、店舗に類焼した場合、営業停止を余儀なくされた日数分の逸失損益とか。

昔、近所で店舗(併用住宅)が全焼したとき、全焼した店の隣の店主が「片付けも大変だし、とにかく臭い。大体、こんな臭くてはとてもお店を営業できない。どうしてくれるんだ」とくってかかっているのをみた。

隣の店は、消火でかなり室内が水濡れしていたようではあったが、それほど大きな類焼被害はなさそうだった。もし、がっつり火災保険に契約していたとしても、保険金はそれほど支払われなかっただろう。臭気は保険の支払い対象外だし。

この場合、やはり大きいのは営業停止による逸失損益だろう。この辺、賠償責任の対象として新しく浮かび上がってきそうだ。

失火ノ責任ニ関スル法律」が廃止されれば「賠償責任が生じればいいのに」「補償されればいいのに」というものが救済されるようになるだろうに、と思う。