通勤手当を考える

昔、とある講義で「日本以外では会社が通勤手当を支給するってことはあまりないんですよ」と聞いて「なるほど」と思った。

1.通勤手当に合理性はない。

改めて考えてみれば、会社からみて社員に通勤手当に合理性はない。

考えてもみよう。

まったく同じスペックで同じ仕事をしている甲と乙がいるとしよう。
給与・賞与の合計は400万円で同じ。
ただし通勤手当が甲は年間150万円、乙は年間5万円とすると、
会社から見て同じ仕事内容の社員にもかかわらず、会社が甲に支払っているお金:年550万円、乙に支払っているお金:年405万円で、年間約150万円の違いが生じる。
ちなみに通勤手当がこれだけ多額だと乙とは厚生年金保険料なども相当違ってくるが、ここではそれは考慮しない。それでも、
同じ仕事内容同じスペックで「甲550万円VS乙405万円」となるわけで、この「会社は甲に対して150万円以上多くお金を払っている」という状態は「それってどうなのよ」と思わざるをえない。

しかも甲は遠距離通勤なので、緊急時、繁忙時の残業などもかなり制限がある。終電も早いし。会社からみて乙の方がどうしたって「使える」。


具体的に「通勤手当の支給例」をみてみよう。

静岡だと通勤費が年間150万円を超えるが、決して珍しい例ではないだろう。実際に通勤手当全額支給で静岡から東京に通勤している例をいくつも知っている。

更に言えば「年間150万円もあったら、東京に住めるんじゃ…ていうか住めるでしょ。そして、その方が会社にとっても本人にとってもいいでしょ。でも通勤費は例え100万円超えでもがっつり全額会社負担だけど、住宅費はそこまで会社からの補助がないから東京に住むと損。結果として静岡から通勤になっている」というケースも結構ある。

あと、通勤手当があるなら、はっきり言って、埼玉の奥地、森林公園(通勤約80分)なんぞに住むより、宇都宮や熱海(通勤約50分)に住む方が格段に快適だし圧倒的にお得である。
ちなみに、通勤手当も厚生年金保険料に反映されるので甲と乙では将来の年金額も変わってくる。

勿論、取締役でもない平社員に対して新幹線代も含めて通勤手当を支給するような企業は、色々過去の経緯がある大企業に限られるし、普通は会社支給の通勤手当には「月あたり7万円限度」などの上限がある。
それでも日本でもほとんどの派遣社員には交通費の支給はないことを考えると通勤手当は正社員の「既得権益」の一つと言えるだろう。

2.通勤手当廃止は実現可能か。

今、会社が支給する通勤手当は非課税枠となっていて、要するに国が会社が通勤手当を支給することを推奨しているわけだが、税制については、例えば「通勤にかかった交通費は、現行と同様の上限金額は定めつつ全額通勤費控除の対象とする。年間調整、確定申告で申告してね」という制度に改正すれば問題ないと思う。

問題は、会社が「通勤手当を廃止して、その資源を全社員に平等に配分して給料ベースを月○万円程度アップしましょう」とか提案したとしても、
通勤手当を前提として家を買った。月○万円では全く赤字。通勤手当が無くなったらうちは破たんする!」という社員が絶対いることだ。
労働組合があれば当然、大反対の嵐となるだろう。そんな会社提案が通る見込みはまずない。

もしできるとすれば「今後入社する社員については給与ベース○万円アップし、通勤手当なしとする」というやり方だろう。


3.通勤手当がなくなったら社会的にどのような影響があるか。

通勤手当が前提ならば「通勤時間(耐えられそうな通勤時間か)+家賃または住宅購入費(支払えそうか)」で住むところを決める。

通勤手当がなくなったら今まで「家賃または住宅購入費」のみで考えていたところが、「交通費+家賃または住宅購入費」トータルで考えるようになるだろう。
通勤手当がなければ、今の「遠くても(交通費が高くてもどうせ会社負担だから)、家賃または住宅購入費が安いところに住む」行動様式は劇的に変化するだろう。

通勤手当を廃止する企業が多くなったら…。
まず、東京、都心部の家賃や住宅の価格は相当に高騰するだろう。
通勤手当の廃止は、長距離通勤者のみならず、都心に住むサラリーマンにも影響を与える。結果的にほとんどの「普通のサラリーマン」にとって経済的にマイナスになる可能性が高いかもしれない。


4.首都圏に関してはまずは東京に居住キャパを増やすことが超重要

通勤手当のある今だって、誰だって出来れば通勤時間の短い都心に住みたい。だから「東京の家賃や住宅購入費は、静岡や長野は勿論、埼玉や千葉に比べても格段に高い」。

まず着手すべきは「東京に良質な居住地を増やすこと」だ。

「東京にはまだまだ居住キャパを増やせる余地がある」。

通勤手当は「不平等の是正」という観点から廃止すべきだと思うが、「東京及びその近辺に良質な居住地を増やす」の方を大きく先行しないと相当社会的な悪影響が大きいだろう。


ちなみに「通勤手当がなくなれば大宮などの周辺都市に事務所を移す企業が増える」ということはあまりなさそうな気がする。「取引先に近い方が断然仕事しやすい。物理的に距離が離れるほど意志疎通が上手くいかなくてトラブル可能性が高まるし、情報とビジネスチャンスをつかむ可能性も小さくなる」というデメリットがとても大きい。社員が不便だろうが苦しかろうが、それで移転はないだろうと思うのだ。