転職禁止、無効

昨年聞いた話である。

とある外資系金融機関がリストラを行なった。
赤字事業からの撤退。部署1つ閉鎖。他部署の業務も見直されたらしい。まさにRestructuring(事業再構築)である。
閉鎖部署以外に所属している社員の退職勧奨も行なわれた。対象社員は当然に自己都合退職ではなく会社都合退職。

そこまではいいのだが、問題はその次だ。

退職にあたって一般事務職の人間がサインさせられた誓約書に「退職後1年以内の金融業への就業を禁止する。違反した場合は退職金を返還してもらう」とあったという。

え?なんで?

例えば、看護師が退職にあたって「1年以内に他の医療機関に就業することを禁止する。違反した場合は退職金返還」という誓約書の提出を病院側に求められたとしたらどうだろう。

「ありえない」と誰もが思うだろう。

本人も長い年月をかけて取得した折角の資格や技能を活かせないという理不尽な不利益を被るわけだが、社会も役に立つ技能が提供されない不利益を被ることになる。

事情は資格業でなくても変わらない。

携わっていた業務のキャリアは最大の再就職の武器だ。
通常、これまでのキャリア(その分野の知識の集積、業務の精通)という付加価値がなければ好条件の再就職先を得るのは難しい。
他業種への転職は、まったくの新人としてスタートということになるから本人も大変だろう。

大体、転職を禁止する意味が分からない。
一般事務職の人間が同業他社に就職したとして、当該会社に何の不利益が生じるのだろう。
同業他社就業禁止でも意味が分からないところだが、金融業がダメとは。証券も銀行も保険も全部だめということか。範囲広すぎにもほどがある。ご無体な

職業選択の自由憲法で保障されていたのではなかったか。

憲法
第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

というわけでこんな誓約書は普通に違憲で無効だ。

退職後の競業避止義務と退職金の支給制限について、福島県労働委員会の解説が分かりやすい。

http://www.pref.fukushima.jp/roui/roushitoraburuqa/kobetu/200302.html

1、競業避止(きょうぎょうひし)義務
競業避止(きょうぎょうひし)義務とは、会社と競業関係にある会社に就職したり、競業関係にある事業を行うなどの競業行為をしてはならないという義務をいいます。労働者は、在職中は、信義則上、使用者の利益に著しく反する競業行為を差し控える義務があるとされています。
 しかし、退職後においては、職業選択の自由憲法第22条第1項)があることから、一般的に競業避止(きょうぎょうひし)義務を負わないとされています。これに関しては、労働者が習得した知識・経験・技術を退職後どう生かすかは各人の自由であり、特約なしにこの自由を拘束することはできないとする判例があります。

2、退職後の競業避止(きょうぎょうひし)義務の特約がある場合
就業規則などで退職後における競業避止(きょうぎょうひし)義務の特約がある場合はどうでしょうか。この場合も、特約に合理性がなければ有効とはならないとされています。競業制限の合理的範囲を確定するにあたっては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等につき検討を要するとした判例があります。

3、退職金支給制限の特約がある場合
就業規則などで競業避止(きょうぎょうひし)義務違反を理由として退職金の支給を制限した特約がある場合はどうでしょうか。当該規定に合理性があるかどうか、当該規定が適用されるかどうかは、退職金支給を制限するのが相当であると考えられるような会社に対する顕著な背信性がある場合に限られるとされ、具体的には、労働者の地位や在職中に関わった企業秘密の内容・程度、拘束期間の有無や長さ、競業制限地域の広狭、対象職種限定の有無、代償措置の有無等から判断されることになります。

4、悪質な競業行為
なお、顧客の大がかりな奪取や他の社員の大量な引き抜きなど、前の会社に重大な損害を与えるような競業行為は、不法行為として損害賠償責任を負う場合があります。

福島県労働委員会

そして最近の判例

競合他社への転職禁止無効/「職業選択の自由侵害」

優秀な人材とノウハウの流出防止を目的に、外資系生命保険会社が執行役員との間で取り交した「退職後2年以内に競合他社に就業するのを禁止し、違反した場合は退職金を支給しない」とする契約条項の有効性が争われた訴訟の判決で、東京地裁は13日、「職業選択の自由を不当に害し、公序良俗に反して無効」との判断を示した。
原告側弁護士によると、外資系企業では保険業界に限らず同種条項を交わすケースが多く、「名ばかり管理職とされる執行役員の転職を安易に禁じることに警鐘を鳴らす判断だ」としている。
原告は「アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー」日本支店(メットライフアリコ)の元執行役員の男性。保険商品を代理販売している提携金融機関への営業を統括していた。2009年6月に退社し、翌月に別の生保に転職、アリコ社は退職金を支給しなかった。判決は、請求通り退職金約3,000万円の支払いを命じた。
光本洋裁判官は、男性はアリコ社で機密情報に触れる立場になく、転職後は異なる業務に携わっていたとして「アリコ社に実害が生じたとは認められない」と指摘。「転職先が同じ業務を行っているというだけで転職自体を禁じるのは制限として広すぎる。禁止期間も相当ではない」とした。
共同通信
2012年1月13日
http://www.jil.go.jp/kokunai/mm/hanrei/20120118.htm

件(くだん)の外資系金融機関、法務部門は存在しないのだろうか。