終身雇用の弊害、労働市場がないということ

2011年に発覚したオリンパス事件は誠に残念な経緯をたどった。真っ当に問題と対峙したウッドフォード社長は追放され、実質的に旧体制は維持された。
私はオリンパス上場廃止されるべきだったと思っている。
恐らく10年以内の近い将来、オリンパスはまた何らかのスキャンダルを噴出するだろう。何しろ基本、何も変わってないのだから。そしてそのつけ込みやすい体質を世にさらけ出してしまったのだから。

普通に考えれば、多くのオリンパスの従業員は会社を見限って退職するところだと思うが退職者数は特に増えていないようだ。なぜだろう。

そもそも大きな不正があることを知っていた従業員はそれなりの人数いたはずだ。にもかかわらず20年近く世間にばれずに粉飾は続けられた。なぜか。

本当は、私を含め日本のサラリーマンなら皆、答えを知っている。

回答1)「大企業を辞めると大損なので辞められない」
回答2)「日本には労働市場がない」
(不正を告発して退職することになっても困るし、会社が存亡の危機に立つ=自分の失業危機なので、告発するわけがない)

大企業を辞めると大損で、日本には労働市場がない状況を具体的にみてみよう。

1.大企業正社員と中小企業、非正規社員の格差

大企業は賃金が高く社会保障も充実している。恐らくその賃金は多くの社員の働きを大きく上回る。その分、子会社や下請けなどの従業員、非正規社員が割を食っているわけで「同一労働同一賃金」は日本では全く実現されていないし、そのことを多くの人が容認してしまっている。同一労働であっても属する会社(親会社か子会社か)によって、または正社員か非正規社員かによって、年間数百万円単位で賃金が違うとか、そんな不平等な「身分社会」は本来、容認されるべきではないのだが。

現状としては大企業から中小企業への転職は大損であるし、大企業は中途採用はほとんどしていないため大企業への転職は稀なケースだ。

2.年齢給や勤続年数比例の賃金テーブルは転職を阻害している

多くの企業の賃金体系は年齢給の要素、勤続年数に比例する要素が大きい。
これが中途採用を抑制する原因でもある。会社からみると、年齢のいった人を採用すると新人にもかかわらず人件費が高くなる。勤続年数比例の部分があるから、転職者からみると同年代の同僚と比べ賃金が低くなる。それが生涯続くとなれば普通は許容できない。これは社内の不協和音の原因となる。

本当は「このポジション・業務は賃金いくらでこういう待遇」というように、業務内容、権限と賃金、待遇がセットになるべきなのだ。更に言えば、ポジションに対して応募させる方式をとるべきだ。もちろん、ほとんどの業務は1日目より2日目、1年目より2年目の方が効率的にこなせるだろう。2,3年から長くても10年程度の勤続年数比例の賃金テーブルはあるべき、またはあっていいと思う。企業としても新人教育にかかる費用、不慣れな新人による業務非効率のロスはバカにならないところだろう。賃金に勤続年数比例部分をつくって従業員の定着を図るのは合理的だ。しかし、勤続年数と提供される労働の質は際限なく比例するものではない。ほとんどの職種で勤続年数3年と勤続年数20年の間に提供される労働の質の差はほとんどないだろう。

3.終身雇用の弊害

日本の一番のゆがみは、本来、国が担うべき社会保障を企業に押し付けているところだ。例えば、
公的年金受給開始年齢を65歳に引き上げる。→65歳まで企業は雇用義務を負う。
・失業者対策。→企業は滅多なことでは従業員(正社員)を解雇できない。→企業内で失業者を抱え込む。

どちらも労働と賃金の関連性を弱めてしまうため、企業にも、労働者にも、社会にも大きな悪影響を及ぼす。

終身雇用は必然的に内向きのムラ社会を生み出す。

終身雇用で働く人は、大なり小なり組織のために、社会常識とかけ離れた選択をしているはずだ。大企業の経営陣なんて、そういうカルチャーのなかで数十年かけて蒸留した純度の高い滅私奉公戦士なわけで、「会社のために!」と言いつつバブルのころにできてしまった2000億円にも上る借金をごまかし続けてきたというのは、まあ無理もないかなというのが正直なところだ。
城繁幸「若者を殺すのは誰か?」)

終身雇用は自立した個を否定する。日本が息苦しく閉塞している原因は終身雇用にあるといって過言ではない。

終身雇用などもう要らない。労働市場の創出と業務内容とリンクした合理的な賃金体系が必要という解は既に明らかだ。既得権益を捨て、実行する勇気と正義があるか。問題はそこだ。

城繁幸「若者を殺すのは誰か?」

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