子どもの生命保険(死亡保障)

この世には「反社会的保険商品」というやつが存在する。社会に対して害悪はあれど益なしというやつだ。
筆頭として「子どもの生命保険(死亡保障)」を挙げよう。

子どもの生命保険(死亡保障)に加入している人のほとんどは普通の善良な人々だ。「なぜそんな保険に加入したか」と問えば「子どものためにその保険に入った」と彼らはいう。

あえて言う。
大人は善良であれば許されるというものではない。
善良であっても思慮に欠く行いというのはやはり許されざる罪だと私は思う。

子どもの生命保険(死亡保障)には必要性がない。必要性のない保険商品でも購入者がいれば存続する。そしてその保険は、どこかの子どもを確実に危険にさらす。

「あなたの支払った保険料は、保険金という形で誰かの殺人の動機となるかもしれない。つまり、その保険に加入すること自体が罪なのです」

解説しよう。

まず。
1.子どもの生命保険(死亡保障)には必要性がない。

もしも我が子が死んだら身を切るように悲しい。親にとって、自分が死ぬより避けたい事態だ。
しかし、保険に入ったから子どもが死なないというわけではない。保険はあくまで経済リスクのヘッジである。問うべきは「子どもが死んだら親にお金が必要か」だ。
クールに言おう。子どもが死んだ場合、経済的には大きくプラスである。昔風にいえば「口がひとつ減る」わけである。大学卒業までトータルで1000万円は軽く超える教育費も必要なくなる。
子どもの死亡保障には全く必要性がない。必要性のない保険には存在意義はない。

そして。
2.生命保険が子どもを危険にさらす。

「大きな声では言えませんが、殺すのはいつでもできるのです。」(吉本ばなな「N・P」)

子育てをした人なら、あるいは子守の経験のある人なら分かるはずだ。
「子どもが“事故死”するのはとても簡単なことだ」。
小さな子どもが怪我をしないように、事故死してしまわないように、どれだけ神経を使うことか。逆にいえば、子どもなど簡単に“事故死”させることができる。
生命保険金目的殺人の疑いがあると表ざたになったケースは少ない。しかし私に言わせれば、表ざたになるというのはよほど下手を打ったケースだと思う。
「疑わしきは罰せず」である。事故死のたいていの場合は本当に事故だろう。最も子どもの死が悲しいのは両親だ。子どもが死んだ場合、「そこに故意があったのでは?」とか「その不注意はどうなのよ?」とか追及することは不適切だろう。それに仮に疑ったとしても立証できなければスルーだ。

むしろ重要なのは、子どもの死を願うようなインセンティブを排除することだ。「子どもが死亡すると多額の保険金が手に入る」という状況は、確実に子どもを危険にさらす。
「この子が死ねば多額の保険金が手に入る」という潜在意識が事故を起こすことも考えられる。人は自分自身もだます。記憶を改竄することも普通に誰もが行うことだ。本当に危険に気が付かなかったのか。そこに故意がなかったのか。それはきっと当事者にすら分からない。

つまり。
3.結論

良識ある市民としては子どもの生命保険(死亡保障)には入るべきではないし、良識ある保険会社は子ども(未成年者)の生命保険(死亡保障)など販売するべきではない。

★★★

2008年、保険法改正を前に未成年者の死亡保険について論議された。
(2008年7月3日「未成年者・成年者の死亡保険について」金融庁
www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/dai2/siryou/20080703/01.pdf

結論は残念なものだった。

・1000万円を引受上限額とする。
1000万円は普通に高額である。充分、殺しの動機になりえると断言しよう。私は300万円でも高額だと思う。300万円あれば1年以上楽々働かずに生活できるだろう。それは大いなる誘惑だ。

・「未成年者を被保険者とする生命保険契約の適切な申込・引受に関するガイドライン」を策定する。

このガイドラインの無理ありあり感が笑える。
http://www.seiho.or.jp/activity/guideline/pdf/miseinen.pdf

「本来、生命保険の引受にあたっては、被保険者の生死が保険金受取人に及ぼす経済的需要を勘案して、付保額の合理性を判断すべきである。経済的需要とは、被保険者が死亡事故にあった場合に、保険金受取人が何らかの経済的な損失を被ったり、または当然得られると期待していた経済的利益が失われたり、あるいは何らかの経済的負担が余儀なくされたときに発生するものである。」

子どもの死亡保険金額に合理性があるケースなんてない。それを書く側も分かっているから「本来」という枕詞が登場する。冒頭から既に語るに落ちている。

「モラルリスク排除のための適切な社内取扱い基準を設ける。」

モラルリスクの排除なんて民間保険会社ごときに出来ることではない。画餅というか、寝言は寝て言って欲しい。

★★★

かんぽ保険の学資保険が2014年4月から改定される。

学資保険の改定にあたって、かんぽ生命はこのように述べている。

「・かんぽ生命の学資保険は、過分に被保険者(こども)の死亡保障が厚く、未成年者に対する死亡保険のモラルリスク対応の趣旨に沿っていないため、この点を改善」

「他社の学資保険と同様に、被保険者(こども)の死亡保障を三角化することにより、未成年者に係る死亡保険の不適正な利用を抑止」

http://www.jp-life.japanpost.jp/aboutus/press/archives/pdf/pt120903_2.pdf

モラルリスクの自覚、ばりばりあるやないかい。

かんぽ生命の保険金額の加入限度額は満15歳以下では700万円。業界ガイドラインが示した上限1000万円を下回っている。業界ガイドラインに慮ることない物言いが清々しい。

ともかくも学資保険(子どもの教育資金の準備を目的とした貯蓄性の保険)は子どもの死亡保障は削除され、既払保険料相当額のみが返還されるような商品設計となった。
これならモラルリスクは排除される。

生命保険業界(というかかんぽ生命)に良識が存在することは大変喜ばしい。
子どもの生命保険(死亡保障)を販売する会社なんて言うなれば「反社会的企業」だと私は思う。

さて、2014年3月現在、未成年者や殊に小さな子どもに対する生命保険(保障性商品である定期保険)を販売しているような生命保険会社はあるのか。

まさかそんな反社会的企業が…。

あった。

全労済
http://www.zenrosai.coop/kyousai/nseimei/plan/teikiseimei_sougou/index.php
定期保険(死亡保障のみで貯蓄性のない保険)に0歳でも加入できる。月掛金1050円で500万円の死亡保障。

都民共済県民共済
http://www.tomin-kyosai.or.jp/product/life/child/security.html?tabSwitch=anc1
「子ども2型」は0歳児から加入できて月掛金たったの2000円。交通事故死で1000万円、不慮の事故死で800万円。

おい。

複数の共済あわせれば1000万円を超える共済金を手にすることも余裕で可能だ。
すべての共済団体は、生命保険会社とあわせて契約情報を共有しているのだろうか。共有していなければトータルで多額の保険金(共済金)契約が可能だ。モラルリスク対策の不足として監督官庁厚生労働省)の指導のあり方も問われるかもしれない。

それにしても全労済都民共済などの共済団体にはちょっと良識というものが欠けているのではないのだろうか。

他社はどうか。

日本生命は3歳以上に定期保険を販売しているそうな。まじですか。

明治安田生命
http://www.meijiyasuda.co.jp/find/list/future/example/index.html
10歳の子どもに定期保険(死亡保障)300万円。アカウント部分はたった1000円。
いやはや。これを売らなければならない明治安田生命の営業職員の皆様に心から哀悼の意を表させていただこう。

私はやはり「子ども(15歳未満の未成年者)の死亡保障」は法的に規制(禁止)すべきだと思う。
そもそも義務教育期間で収入もない子どもの死によって多額の現金が支払われるという状況そのものが気持ち悪いというか、人々の健全な感覚を毀損する。

「一般に海外では、未成年者に対する死亡保険の販売が禁止されています。」
出口治明「生命保険はだれのものか」)

そりゃ禁止するだろう。常識的に。

でも現実には日本では禁止されていないし、ここで述べたような問題意識は社会で共有されていない。

2007年の研究報告書では「未成年者を被保険者とするばあいに保険金目的殺人の割合が顕著に高いという事実はない」と述べられている。
確かに検挙件数は少ない。
http://www.jurists.co.jp/ja/nials/news_b/pdf/besshi2.pdf

私は未成年者の保険金目的殺人は、数値に表れにくいモラルリスクだと考えている。平たく言えば、未成年者の殺人は発覚しにくい。よって、この研究報告書に納得していない。

「保険金目当てに子どもの殺人が(ばれずに)起こりうる。そしてそれはそれほど特殊なことではないのではないか」ということはどう説得力をもって示せるか。例えば小説の形態で、生活が苦しかったり、少しモラル感覚がずれた人の立場にたったシミュレーションを提示できるのではないか。
子殺しは人類史上、普遍的なテーマでもあると同時に現代日本を切り取ることもできる。傑作が生まれうる題材な上、問題提起する社会的意義も大きい。誰か書かないだろうか。


<お奨め書籍>
出口治明「生命保険はだれのものか」

2014年3月13日 更新(現在の生命保険各社の子どもの生命保険販売状況について訂正)