フィリピン旅行記録2〜コレヒドール島Corregidor Island〜

フィリピンのコレヒドール島は、マニラ湾に浮かぶかつての軍事拠点である。
美しい海に囲まれた緑の島は、南の島ののどかさを湛えている。もっとも、多くの小島と同様、飲み水の確保が困難で、従来、人が定住するには厳しい環境の島ではある。
今はこの島に住む人数は制限され、「戦跡の島」として観光名所になっている。

1940年代、このコレヒドール島で、またフィリピン全土で、激しい戦闘が行われた。戦争によって多くの人が死んだ。それは「過去の事実」である。
しかし、過去をどう解釈し、どう理解するか。どこに着目し、どこを無視または軽視するか。そこが興味深い問題である。

コレヒドールには、アメリカ軍や日本軍の数千人収容できる大規模な兵舎跡や砲台が残り、「軍事の島」ぶりをみせつける。
一時、アメリカが司令部として使用し、1945年にはアメリカ軍に追い詰められた日本軍が集団自決した「マリンタトンネル(MALINTA TUNNEL)」では戦時再現ショーが行われる。
太平洋戦争記念館(Pacific war memorial museum)は小ぶりだが、近くにアメリカの記念碑が誇らしげに建つ。
また、別途、ジャパニーズガーデンなるものがあり、日本軍人の慰霊碑がそこにある。

★★★

今日、コレヒドール島の主役は間違いなくアメリカである。
そこで語られているストーリーは「悪辣な日本に虐げられたフィリピン人を救いに来て、自由を与える正義の味方、アメリカ。アメリカのおかげでフィリピンは“独立”を達成し、自由を取り戻した」というものである。
フィリピン人には、あくまで「従」のポジションしか与えられていない。アメリカとともに戦った協力者。アメリカ軍にあっても軍属の扱い。英雄はマッカーサーでありアメリカ軍。このアメリカ軍に共に戦ったフィリピン人含む。という構図である。

忌憚なく語るなら、コレヒドール島における個人的感想はこうである。

「フィリピンはいまだアメリカの植民地なのか?」

コレヒドール島にアメリカの建てた碑には、こんな言葉が刻まれている。

“To live in freedom’s light is the right of mankind”

この言葉自体は心から肯定する。
それに多くのアメリカ人が、かなりの程度、大真面目かつ本気にこの理念の実現に取り組もうとしているところは一定程度、尊敬もしている。
しかし、アメリカは常に「自由と民主主義を伝道し守ること」を大義名分にして他人の国に進出して戦争してきたことを思うと複雑な感慨がある。
普通に、「なんでそれが海を越えて他人の国にはるばる戦争にでかける口実になるんだよ」とつっこむべきところだろう。

アメリカがなんともナイーブで幸せな国であったのは、この大義名分のもとの「正義の味方」という自画像が、ベトナム戦争に至るまで揺るがなかったところだろう。
いや、今日でさえ多くのアメリカ人がいまだにこの自画像を固持していることに驚かされる。

1940年代のフィリピンでは、日本の支配があまりに酷過ぎたものだから、アメリカが救世主のごとくとらえられ、この言葉が非常な説得力を持ったことは事実である。


ちなみに大東亜戦争における日本の大義名分は「欧米の支配と搾取から東アジアを解放し、日本を盟主として共存共栄をはかる大東亜共栄圏を建設しよう」だった。
大日本帝国の国是として使われた「八紘一宇」という麗しい言葉もあった。

ありえないIFであるが、もしも日本が勝利していたとしたら、コレヒドール島には「アジアの共存共栄、恒久平和の実現のため命をささげた英雄たちのために」「八紘一宇」という碑がたったのだろう。

戦争には常に「だから戦う英雄(←国が兵士たちに持ってほしい自己像)を必要とするのだ」という各国の大義名分がある。

大抵、戦争の真の目的は、相手国の経済搾取や利権の確保なのだが。

★★★

コレヒドール島の「ジャパニーズガーデン」にはコレヒドール島やフィリピンで死んだ日本軍人のためのどでかい慰霊碑が建つ。私がそうであるように、ここを訪れる多くの日本人の頭には、かつて読んだ「きけ わだつみのこえ(日本戦没学生の手記)」などの痛切な物語が甦るだろう。

しかし。それにしても。
いくら50万人以上の日本軍人が死んだとしても、ここはフィリピンである。
大東亜戦争(とあえて言おう)では100万人以上のフィリピン人が死んだといわれる。

フィリピンからみれば、日本軍は勝手にやってきて略奪と暴虐の限りを尽くした存在なのに、そのフィリピンの地にどでかい慰霊碑。
フィリピン人より日本人の方が大々的に前面に出て慰霊されている状態って一体…という違和感が湧き上がってきてしまう。
どうにも無神経さを感じてしまうのだ。

コレヒドール島ではフィリピン人の悲劇や苦しみの具体的物語は語られていない。

★★★

1942年、日本はアメリカからフィリピンを奪取しマニラを占領する。
当時、フィリピンは約40年間のアメリカ統治の下で、自由主義、民主主義を教育され、アジアの中では高い生活水準にあった。
「茶色いアメリカ人」、当時のフィリピン人はそのように呼ばれることもあった。
日本占領当時を振り返って、あるフィリピン人はこう証言する。「確かにアメリカも経済的搾取を行った。しかしアメリカは教育とチューインガムを与えたが、日本は何も与えず奪うばかりだった」。

とはいえアメリカも特段褒められたものではなかった。
フィリピンで大隊長を務めた大西氏の証言をみてみよう。

大西 フィリピンの青年の話では、学校では理科系統の授業がなかった、と言っていました。これはアメリカの植民地政策で、「フィリピン人にそういう知識をあたえると、支配するのに不利になるからなのだ」と言って憤慨しておりました。
吉村 なぜ不利になるのでしょう。
大西 理科系統の知識をあたえると、フィリピン人が自力でフィリピンを開発しようとする、それは植民地政策上困るんじゃないでしょうか。“知らしむべからず、由らしむべし”で、科学教育から遠ざけ、“骨抜き”にするんだというようなことを、若い青年たちは言っておったですね。だから当時マニラ大学でも理学部はなかったそうです。
吉村昭「戦史の証言者たち」)

伝聞情報であるから真偽のほどはわからない。ただ「さもありなん」とは思う。アメリカにとってフィリピンは、あくまで支配する対象であった。

しかし、日本の侵略後、アメリカはフィリピン人から待ち望まれる救世主になり英雄の座につくことになった。要は相対の問題なのだ。

進駐した日本軍は、フィリピン人から激しく憎まれた。1945年、確かに日本はアメリカの圧倒的軍事力に負けた。しかし日本の敗因はむしろ自滅に近い。その地の住民達の怨嗟の的となって、その地の支配を継続できるはずがない。

日本は、大日本帝国は「大東亜共栄圏建設」という大義名分のもと、フィリピンを軍政下においた。「南方占領地行政実施要領」においては次の3つを目標とした。

1.国防資源の獲得
戦争遂行のため、石油等、南方の資源を手に入れる必要があった。フィリピンは重要な中継地点であった。これが日本の大東亜共栄圏建設の目的である。日本は石油などの資源に恵まれていないため、南方の資源が必要であった。

2.軍の自活
なんと、軍の必要とする食料や生活物資は現地調達せよという方針であった。60万人分を?いくらなんでも60万人もの食料を現地調達は無理だ。現地で日本軍による略奪が起こるのはむしろ当然の結果だろう。

3.治安の回復
ここでいう治安とは、日本軍にとっての治安である。つまり反日運動を鎮圧せよという意味である。

更に、これらの目標達成のため「民生への重圧は忍ばせる」と明言されている。これは、現地の人々に対する略奪、暴力容認宣言ととって間違いないだろう。

戦時中、フィリピンにおいてもっとも有名な事件は「バターン死の行進」だ。もちろん酷い事件なのだけれども、「バターン死の行進」はアメリカ軍捕虜が犠牲となった事件だったから有名になったんだよな、とも思ってしまう。

フィリピンでは民衆の日本軍に対する反感が強く、そのため日本軍は民衆を不信の目で見ていた。それに加え、特に米軍が上陸してからゲリラの活動も強力に展開されたため、日本軍は住民を敵視し、村民を皆殺しにする事態が相次いだ。
林博史BC級戦犯裁判」)

1945年のフィリピン裁判では、非戦闘員の殺人、虐待、虐待致死が242件、起訴されている。

この起訴された件数は氷山の一角に過ぎない。
そもそも実行者を特定できなければ起訴できない。日本軍は移動していたので実行者の特定は困難、あるいは不可能なケースが多かった。

フィリピンでは、幾多もの知られざる日本軍による「ソンミの虐殺」があっただろう。

ゲリラと一般市民の見分けなど、実際にはつかない。どうしても住民虐殺が起こりやすくなる。
また、軍も「(ゲリラ対策として)目撃者や証拠を残さず○○せよ」との指示を出している。
それに加え、日本軍は終戦時に組織的な証拠隠滅も行っている。

フィリピンで日本軍によるすさまじい虐殺が行われたことは疑いようもない事実である。

しかし、それらの具体的な虐殺の物語は、コレヒドール島で語られていない。少なくとも私は見逃してしまっている。

ありていに言ってしまえば「弱者の悲劇は語られない」のだ。

本当は、語られない悲劇が最も救いのない残酷な悲劇なのではないかと思う。

そして日本は賠償とか謝罪とか、それ以前の問題として「不都合な事実」をあまりに都合よく忘れ去っている。
なんだかな、と思うのだ。

<参考>
NHKスペシャル「ドキュメント太平洋戦争」(1993年)

NHKスペシャル ドキュメント太平洋戦争 BOX [DVD]

NHKスペシャル ドキュメント太平洋戦争 BOX [DVD]


内海愛子「戦後補償から考える日本とアジア (日本史リブレット)」
林博史BC級戦犯裁判」
BC級戦犯裁判 (岩波新書)

BC級戦犯裁判 (岩波新書)