自民党の改正憲法草案が怖すぎる

2012年12月16日、衆議院選挙。

今回、本当の焦点はTPPでも消費税でも原発でもなかった。と私は思う。
個人的に、年金制度の再構築や解雇規制の緩和など関心の高い問題もあったが、自民党のホームページを見てすべてふっとんだ。

いやはや、たまげた。

「こんなヤバい憲法改正草案を堂々公表している政党に議席を与えてしまうのですか?」ということの前には、TPPも消費税も原発もすべて些細な問題に思えてくる。

http://www.jimin.jp/activity/colum/116667.html

かいつまんで自民党憲法改正案をみていこう。

<現行憲法
第97条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

自民党改正案>
[削除]

第97条まるごと削除!基本的人権に対する敵意さえ感じるのは気のせいではあるまい。

自民党としては、「基本的人権は、別に日本古来の思想ではないし」みたいな感じなのだろう。
実際、このように述べている。

人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西洋の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。
自由民主党日本国憲法改正案Q&A」P.14)

私の理解では、例えば江戸時代に基本的人権という概念はなく、ルソーなどがその思想の源流となっている。そう。確かに基本的人権という概念は西洋由来だ。しかしそれの何が悪いのだろう。
自民党は今さら江戸時代に還りたいのだろうか。これはまさに「目指せ!前近代国家」と聞こえるのだが。

どうも自民党の想定する「基本的人権」は現行憲法とも世界の良識ともずれているような危ない臭いがする。

<現行憲法
第11条 国民はすべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

自民党改正案>
国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である。

基本的人権は「侵すことのできない永久の権利である」。だからこそ「基本的人権の享有を妨げられない」。
基本的人権が国家に散々侵されてきた過去をふまえ、現行憲法はすとんと腑に落ちる。

それを「基本的人権を享有する」に改正するという。
きっとどのような状態であっても「国民は基本的人権を享有している」と言い張るのだろう、というおぞましい未来予想図が目に浮かんでしまうのだ。

なにしろ、

<現行憲法
第36条 公務員による拷問および残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる

自民党改正案>
第36条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、禁止する

絶対じゃないんだ…。というか「これはやる気だな」ということが読み取れて本気で背筋が寒くなる。

為政者あるいは権力者は、敵対する勢力や自身にとって都合の悪い人間を拷問してでも叩き潰したい誘惑に常にさらされている。
公務員による拷問は「絶対に」禁止することは必要なのだ。
なぜなら「第36条よりこちらの条文の解釈、運用が優先される」とすれば拷問もあっさりと実現してしまうからだ。

<現行憲法
第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ

自民党改正案>
第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民はこれを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。

「公益及び公の秩序」とは一体誰に都合のいい公益であり秩序なのか。時の権力者の濫用が目に見えるような条文だ。
実質、自由の全面否定だろう。

<現行憲法
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。

自民党改正案>
第13条 すべて国民は、として尊重される。

個人として、ではなく人として、ときた。
公の秩序に反しなければ人として尊重してあげるよと。思想の自由や多様性の否定がありありと読み取れる。

そして、

自民党改正案>
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない

戦争は、その多くが「自衛権の発動ですから」といってはじまっております。

自民党改正案>
第9条の3 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。

どんな「協力」が求められるのやら、少し歴史を振り返ればぞっとする。

民主党は「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げたが、自民党のスローガンはこんな感じか。

「人から領土へ〜自由民主党〜」

この憲法改正案、戦争および恐怖政治一直線といった感じで空恐ろしくなる。

自民党改正案>
第102条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。

こんな憲法改正案、尊重できません。というか、

<現行憲法
第99条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

公権力の乱用防止のため「憲法を尊重し擁護する義務を負う」のは公権力を行使する側であるはずだ。

★★★

しかし、この憲法改正案、あまり知られていないのではないか。

今回、自民党に投票した人はこの改正案を読んでいるのだろうか。
こんな憲法改正案を読んだ上で自民党に1票を入れることができる人が1600万人以上いるとは、いくらなんでも思えない。

実際、私がこの改正案を知ったのは、つい数日前の話だ。

★★★

今も角川文庫に掲げられた、かの文章を思い出す。

 第二次世界大戦の敗北は、軍事力の敗北であった以上に、私たちの若い文化力の敗退であった。私たちの文化が戦争に対して如何に無力であり、単なるあだ花に過ぎなかったかを、私たちは身を以て体験し痛感した。西洋近代文化の摂取にとって、明治以後八十年の歳月は決して短すぎたとは言えない。にもかかわらず、近代文化の伝統を確立し、自由な批判と柔軟な良識に富む文化層として自らを形成することに私たちは失敗して来た。そしてこれは、各層への文化の普及浸透を責務とする出版人の責任であった。
角川源義「角川文庫発刊に際して」) 

この文章は1949年5月3日に書かれた。残念ながら日本は2012年になっても「自由な批判と柔軟な良識に富む文化層として自らを形成することに失敗している」ようにみえる。

この自民党の危険性を充分に伝えないとしたら、報道人、出版人、マスコミの責務と存在価値とはなんなのか、さっぱり分からない。

日本はいったい、これからどうなるのか。不安になる。


[第46回衆議院総選挙結果(2012年12月16日)]
1.議席
 自由民主党  294
 民主党     57
 維新の会    54
 公明党     31
 みんなの党   18
 未来の党     9
 共産党      8
 社会民主党    2
 新党大地     1
 国民新党     1
 無所属      5

 合計     480議席

2.比例代表得票数
 自由民主党 16,624,457票
 維新の会  12,262,228票
 民主党    9,628,653票
 公明党    7,116,474票


<更新>
2012年12月22日 選挙結果を追加。更新。
2013年5月26日 現行憲法第99条を追加。更新。