「山口組三代目」

日本でもっとも有名なヤクザといえば、山口組三代目、田岡 一雄(1913年(大正2年)〜 1981年(昭和56年))だろう。戦後、山口組を日本最大の暴力団に育て上げたのは田岡氏である。

山口組は二代目のころから芸能の興行をシノギにしていただけあって、広報も気合が入っている。

1973年には東映が「山口組三代目」という、田岡氏の自伝をもとにした映画を制作している。主演は高倉健。出演者の豪華さ、かっこよさは折り紙つきだ。「山口組の広報部門は東映?」みたいな豪勢さは他の追従を許さない。

山口組三代目 [VHS]

山口組三代目 [VHS]

ヤクザファン量産間違いなしのエンターテイメント任侠映画であるから、そうそうお勧めはできないものの、この映画、はっきりいって面白い。
映画にちりばめられた「事実」が興味深いのだ。

・田岡一雄氏は母子家庭で育つ。尋常小学校1年生のとき母が過労により死亡。親戚に引き取られるものの、暴力をふるわれる、給食費も出してくれない、など、劣悪な環境に育つ。

社会保障制度が未整備の当時としては、それほど珍しい話ではなかっただろう。今なら完全に児童養護施設に入れるべき環境だ。この時代、どれだけ児童福祉が貧困なんだという話である。

・田岡氏の若いころの喧嘩の特技は「相手の目を突くこと」。

私には、これがとても通常の感覚を持つ人間がとっさに、躊躇なく出来る技とは思えない。めちゃくちゃ痛そう、かつ相手に失明の危険もある。映画では健さんの独特の魅力でごまかされているが冷静に考えて「ドン引きしてしまう粗暴さ」だと思う。

山口組大関玉錦(後に横綱)と深い関係にあった。で、田岡氏は玉錦の依頼により喧嘩相手の力士を襲撃して切りつける。後に田岡氏は玉錦の部屋に居候した時期もある。

横綱のタニマチが山口組なのか、横綱暴力団の舎弟なのか。いずれにしても今の感覚だとスキャンダルを通り越したありえない話だが、そもそも角界も組も「食い詰めた貧困家庭出身で腕力のある(時として粗暴な)若者の受け皿」であった。また、興行もヤクザのシノギの一つであったから、ビジネスパートナーという関係でもある。もともと同根の世界に分類されるのだろう。

・興行が山口組シノギの一つであった。

映画でも田岡氏が興行を成功させて「男をあげる」エピソードが出てくる。この映画で描かれている時期より後の話になるが、山口組の二代目は興行のもつれから殺されているし、田岡氏も神戸芸能社を立ち上げている。田岡氏は、美空ひばりの後見人としても有名だ。

考えてみれば興行は、当たるか当たらないかがなかなか読めない博打のようなビジネスである。「まともな堅気が手を出す仕事ではない」とされ、博打打でアウトローたるヤクザのシノギであっただろうことは分かる気がする。

相撲も芸能も、暴力団と関係の深い業界なのは日本の常識だったはずなのに、昨今、俄かに暴力団との関係がスキャンダラスに騒がれたのには、正直、「へっ?」「マスコミは、どんな顔をしてこんなかまととぶった記事が書けるのだろう?」と唖然とした。

意図としては「今や資金集めなども含め、興行に暴力団は必要ないシステムが出来上がっている。よって暴力団はご退場ください」というキャンペーンが実施されているということなのだろう。
その意図については同意するのだが。

・組が労働争議に参加。

当時の労働争議の暴力的な激しさも今の感覚ではありえない。

★★★

この映画から見えてくるのは、昭和の時代における社会の暴力および暴力団肯定ぶりだ。確かに戦前、戦後の日本においてヤクザは社会の一員であった。

しかし、社会が整備され、暴力団は不要となってきている。
・教育レベルもあがったことで、ルールや社会構造等に対する理解力があがった。暴力ではなく折衝や話合いで解決するだけの力を多くの人が持つようになった。
・資金集め、リスクヘッジの方法も洗練されたシステムが出来上がってきた。

暴力団は肯定できる存在ではない。


とはいえ田岡氏の娘が語ったエピソードが忘れられない。

ゴンという仇名の若い衆さんがいた。中学は出ているのに字が書けない。お母さんは、「とにかくここにいる間に、字を覚えなさい」と言って、毎日せっせと教えて練習させていた。字が書けるようになって、よほど嬉しかったんだろう。ある日、意気揚々とお母さんに一枚のハガキを見せに来た。ゴンが書いた中学校の先生あてのハガキ。文面は、
「先生、ぼくは字が書けるようになりました。今、一生けんめいに、極道の道をまいしんしております。ご安心ください」……先生、これを受け取って、安心しはったかしら?
(田岡 由伎「お父さんの石けん箱」)

このゴンちゃんは堅気になったそうだ。

正直、今、このような家族的教育機能を備えた暴力団があるとは思えない。古き良き時代の話であろう。

が、これは「ほほえましいエピソード」というよりも、むしろ山口組からの痛烈な一矢だ。

つまり「教育現場または日本という国家が本来果たすべきだが果たせなかった義務(教育)を代わりに山口組で補ってあげました」と言っている。

今、どのような環境に生まれたとしても、ちゃんと教育を受けることができる社会体制が整っているだろうか。
今日、「差別や貧困により暴力団になるしかない層というのが存在するのです」などという言い分が成り立たないだけの社会環境は基本的には整備されているとは思っている。

しかし。本当に機会の平等は確保されているだろうか。