ある児童虐待遭遇の記録

その冬の夜、私は、とても満ち足りた気分で帰路についていた。

もうすぐ家に到着するころ、後ろから来た少年が私を追い抜いた。少年の足元が目に入る。靴を履いていない。「話しかけた方がいいのだろうか」とためらいつつ見ていると、少年が振り返り、「ティッシュありませんか?」と話しかけてきた。鼻血が出ているようだ。
「どうしたのか」と問いかけると、暴力をふるう父親から逃げているところだという。近くにおばあちゃんの家があるという。

少年のおびえた挙動も心配だったため、おばあちゃんの家まで送っていくことにした。道すがら、少年から話を聞いた。

少年は、今は中学生。小学の頃から父親からの暴力があり、小学校では学校に相談していたようだ。というか、友達が先生に相談したらしい。

少年の話と、少年の首にある、明らかに絞められたと思われるアザ(内出血)から判断するに、たびたび生命の危機を感じる暴力がふるわれているようだ。

アザなどの暴力跡について、親からは「(学校などでは)転んだと言え」と言われていたそうだが、首の絞め跡は、どうみても転んでつくアザではない。そりゃ「先生に言おう」と判断するクラスメートもいるだろう。

私が少年に遭遇したその夜は、母親と妹たちが、殴る父親をとめながら、「おばあちゃんのところに逃げろ」と指示したという。
父親が妹たちに暴力をふるうことはないという。暴力をふるわれるのは少年だけ。少年はよほど父親と相性が悪いのだろう。

近所に住む「おばあちゃん」というのは、父方の祖母だという。
その日は泊めてもらえるし、おばあちゃんの前で父親が暴力をふるうことはないというが、ずっとおばあちゃんの家で暮らすことはできない、という。

で、このおばあちゃんである。

逃げてきた少年を、「お父さんを怒らせるようなことをするから、言うから」、「言われたことをやらないから怒られる」、「あんたはだらしがない」と責めるのだ。

どんなに「悪い子」であっても、それが子どもに暴力をふるっていい理由にはならないのだが、その認識が不足している。

大体、少年は、「(やれと言われたことを)やらない」のではなく「出来ない」可能性がある。仮に「できない子」だとすれば、それを「だらしがない」「しつけが」などと言っても、お互いつらいだけだろうよ、と思う。

後日、ばあさんが、(暴行を解決するには)「あの子が成長するしかないんですよ」と結論しているのを聞いて、絶句してしまった。

仮に少年が「やらない(悪い)子」だとしても、問題はあくまで「暴力をふるう父親」にあるだろうに。

更に、である。

おどろきなのは、ばあさん、首を絞められたアザについて、私が指摘するまで「気が付かなかった」という。そして、「今まで気が付いたことはない」と言う。
どんだけ見る気がないんだよ。人は、「見たくないものは見ない」ものではあるが、それにしても。
言ってやりたい。「お前の目は節穴か」。

少年の首のアザ、こんなあからさまな暴行の痕跡、私としては、「この父親、社会に喧嘩売っているんですかね」と思わざるをえない。

完全に傷害罪案件であり、また児童虐待案件でもある。

明らかな暴行、しかも子どもに対する暴行が見て見ぬふりで放置されるとすれば、それは近代国家とは言わない、と私は思う。

少年がこのまま暴行にさらされるとすれば、社会にも責任がある。

よって、後日、警察への届け出と児童相談所への通告をしたわけだが、今回、気が付いたこと、知ったことと反省点を記しておく。


1.警察、児童相談所への届け出・通告には、被害児童の名前と住所が必要。

そりゃそうだ。どこの誰だか特定できなければ、警察も児童相談所も何もできない。

2.警察の場合、被害児童の住所を管轄する警察署の生活安全課が担当。ここに届け出る。

管轄の警察署がどこにあるかは交番などで聞けば教えてくれる。

3.しかし、このケース、本当は、少年をばあちゃん家に送るのではなく、すぐに110番して警察に届け出るべきだった。

はっきり言って、ばあちゃんのところに送り届けてもなんも解決しない。それで解決するなら、小学校のころから長期にわたって暴行を受けてたりしない。
少年を送っている道すがら、少年に治療が必要という意味ではなく証拠確保の意味で、「病院に行きなさい」と告げたが、ばあちゃんが病院に連れて行ったとは思えない。暴行の証拠保全のためにも即警察に届けるべきだった。

ここから先、どのような対応がされたのか、私には知るすべはない。
どうぞもう少年に暴力がふるわれることがないよう、祈っている。

【関連法規】
刑法
(傷害)
第204条 人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

児童虐待の防止等に関する法律
児童虐待の定義)
第2条  この法律において、「児童虐待」とは、保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう。以下同じ。)がその監護する児童(18歳に満たない者をいう。以下同じ。)について行う次に掲げる行為をいう。
1  児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
(児童に対する虐待の禁止)
第3条  何人も、児童に対し、虐待をしてはならない。
児童虐待に係る通告)
第6条 児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。

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2016年1月18日「児童虐待と子どもの立場」

2018年5月31日「ある児童虐待遭遇の記録の追記」