前川國男自邸

江戸東京たてもの園の白眉は、なんといっても前川國男自邸だろう。
http://tatemonoen.jp/area/west.html

「木造モダニズム建築の傑作」といわれる邸宅である。

居間が吹き抜けになっているのがかっこいい。一面の窓から注ぐ光が印象的だ。

使われている建材のクオリティの高さは素人目にも明らかだ。
ドアや収納家具に至るまで、とにかくすっきり洗練されている。
台所も浴室もトイレも、21世紀の目線でみても全く遜色ないクオリティだ。

こんな邸宅が、1942年、なんと戦時体制下に建てられている。
戦時中の建物でありながら、洋式トイレだ。
私は、洋式トイレ、すなわち水洗トイレだと思っていたのだが、終戦以前に水洗トイレの設置が可能だったのだろうか。
もっとも、この建物の解体は1973年。
総務省「住宅・土地統計調査」によれば、1973年の水洗トイレ普及率は31.4%である。
トイレについては、水洗トイレが可能となった時点で改築したのかもしれない。

建物としての魅力は、すでにいろいろな人が紹介している。

無言の箱「前川國男邸」
http://silentbox.web.fc2.com/mayekawatei/1.html

木造モダニズム建築の傑作「前川國男邸」
http://sumai01.hatenablog.com/entry/2014/11/05/180138


本当に、一目惚れしてしまう邸宅なのだ。
もしも自分が資産家なら、同じ邸宅を軽井沢にでも建てて住みたいと夢想してしまう。

ただ、前川邸には、現在なら最初から考えもしないスペースがあってびっくりする。

「女中部屋」だ。

前川邸、どう見ても、1人か2人用の住宅だ。
実際、まず独身時代の1人住まいを経て、結婚後、夫妻2人住まいで暮らした家だ。

独身でも住み込み女中がいないと「快適な日常生活」が送れないのが、1960年ごろまでの生活クオリティか。

電話なし。洗濯機なし(洗濯板で手洗い)。冷蔵庫なし(生鮮食品保存不可。こまめな買い出しが必要)。電子レンジなし。コンビニなし(料理しないと食事にありつけない)。

しかし、女中といえど他人。
1人、あるいは夫婦だけで快適に暮らせるなら、それに越したことない、と私なら思ってしまう。

また、女中の立場に立っても、独身男性の家に住み込み女中とは随分とリスクの高い環境だ。
当時、「奥様」(直属上司)がいてさえ、「旦那様」(雇用者)による性的被害が多かった。これは、当時の新聞記事や当時の人々の証言からも明らかだ。

前川邸は、前川國男氏のリベラルな側面が反映されていると言われている。
壁・天井、床等が他の部屋と同じ仕上げであるところにそれがうかがえるという。
また、女中専用の洗い場や家人用とは別の来客用を兼ねたトイレを設置することで、気兼ねなく利用できる独立した生活環境を用意したという。

つまり、世間一般に比較すると、恵まれた女中部屋なのだ。

それでも、正直、女中部屋の狭さやみずほらしさにぎょっとする。
自宅で日々、社会格差を感じたくはない、というのが正直なところだ。

21世紀、私たちが享受しているのは「女中部屋のない贅沢な暮らし」だ。
そして、「女中部屋で暮らさなくていい贅沢」だ。


前川國男邸】
設計:崎谷小三郎
竣工:1942年(昭和17年
場所:東京都品川区上大崎三丁目

<参考>
中田準一「前川さん、すべて自邸でやってたんですね―前川國男アイデンティティー」