プッチオ家の犯罪

パブロ・トラペロ監督『エル・クラン』
http://el-clan.jp/

アルゼンチンで1982年から1985年にかけて、身代金目的の誘拐、監禁、殺害を繰り返してきた家族の物語だ。4人を誘拐し3人を殺害。
アルゼンチンでは、とても有名な事件だという。

トラペロ監督は語る。
「プッチオ家の事件は病んだ社会の象徴です。」
「彼らの私的な部分を掘り下げていくうちに、アルゼンチンの歴史のなかに生まれたこの“時代”を証言する映画になると気付きました」

アルゼンチンの近代史が分からないのでなんとも言えないが。

興味深い事件ではある。

「プッチオ家はごく普通の家族に見えました。近所の人たちですら、彼らが酷い犯罪の主犯格とは信じられなかったほど」

ごく普通、というより、人もうらやむ幸福な家庭だ。

おそらくインテリ層の両親、3兄弟ともラグビー選手として地元でそこそこ有名らしい。
仲の良い家族。

にもかかわらず、残酷な反社会的犯罪者。

事件の主導者は一家の父親。この父親は非常に悪魔的で、能力も高く支配力も強い人物だ。

共犯の長男は、精神的に強烈に父親の支配下に置かれていたのかもしれない。
長男のラグビーチームのチームメイトを被害者にするとか、ひどく悪魔的な引きずり込み方だ。

共犯の長男も二男も、ごくごく普通の「愛すべき人物」だった感じがする。弱かったり、ずるかったりしたにしても。
むしろ、誘拐や殺人の犯罪実務に加わってない母親の方が、主犯の父親を支えたパートナーのような印象を受ける。

三男だけが、この犯罪一家から逃げた。
逃げる意思をもったことが一番大きいけれど、逃げることができる能力とチャンスがあったこと、三男というポジション(長男ほど父親からの強烈な引きがなかったかもしれない)という幸運もありそうな気がする。

三男はスポーツ選手として海外に居を移すことで一家から逃れた。あの渡航プロスポーツ選手としてなのだろうか。
学生選手であれば、連れ戻される可能性が高かっただろう。

末の娘は犯罪発覚時、14歳だったという。
家庭内で犯罪が行われていたのは「知ってた」はずだ。でも、10代前半の子どもが「逃げる」ことなどできまい。「見ざる聞かざる言わざる」という態度以外、とれなかったとして、誰が責められよう。でも、犯罪や暴力を見て見ぬふりをする環境って、精神的に大きな影響を与えそうだ。

この犯罪事件について、疑問もわく。

疑問その1)父親の前職の具体的職務は何なのか。

政権が変わったことで失職したらしいが、一体、前職で何をやっていたのか。
ひょっとしたら、政府関係の職務で、市民の拉致ときにより殺人を行っていたのだろうか。とすれば、「前職の経験を生かした犯罪」だ。
あと、警察にある程度人脈があるような示唆があったが、人脈による容疑回避があったのだろうか。

疑問その2)組織的犯罪でなく誘拐ビジネスが可能なのか。

身代金は、当然ナンバーを控えられているだろう。無造作に身代金を使ったら、すぐに足がつきそうだ。「金を洗う」ことが一般人に可能なのか。
あと、身代金の受け取りシーンや被害者に電話をかけるシーンは、結構、杜撰にみえたが、警察はどんな捜査体制をひいていたのだろうか。


映画では当然情報量が限られる。
この映画を撮るにあたり、監督は事件について相当調べたらしい。
プッチオ家の事件について、書籍が出版されたら読んでみたい。。