環境としての音楽

生演奏つきのレストランやらバーが嫌いである。

演奏が始まるや否や「お願いだからさっさと終わってくれ」と念じる時間のストレスたるや尋常ではない。
私は音楽が嫌いなのではない。音楽がその場に適切な提供がされないことが我慢できないのだ。

レストランやバーの主役は何か。
レストランやバーのプライオリティはどこにあるのか。

第一に、客同士の会話
第二に、料理

である。

風景やら音楽はそれらの補佐のためにある。
そこが演奏者にとって普通とは違う。

コンサートにおける主役は音楽である。客は音楽を聴きに集う。
しかしレストランやバーは違う。

レストランやバーでコンサートと同様に、「オレの音楽を聴け」というスタンスで演奏するのは明確に間違いである。

例えば世界的に有名で、コンサートをやるとなれば高いチケットも完売するようなプロ演奏者であっても、レストランなどで演奏する技術があるとは限らない。
言い換えれば、たいていの場合、散々名演をものしてきたプロピアニストであってもレストランやバーではプロピアニストたり得ない。

レストランなどでの演奏者の「プロ」とは「環境としての音楽」が提供できる技術を持つことだ。

客の会話を邪魔しない音楽、快適な空間づくりに寄与する音楽を提供できるのがプロ。

しかしこれが出来る奏者は滅多にいない。

私が知っているプロはただ一人だけだ。

銀座の老舗バーだった。食べ物も旨い。カクテルも最高のバーである。私はいまだここを超えるマティーニに出会えたことはない。

そして決して広くはない店内にグランドピアノが置かれ、生演奏が提供される。

知人に案内されて、初めてこの店に足を踏み入れた瞬間、私は眉をひそめた。
ここでピアノの生演奏なんて。苦行の時間が始まることを覚悟した。

しかしである。驚くべきことだった。全然演奏が邪魔じゃない。

まじ?こんなに狭いのに。ここの音響どうなってるの?ていうかそのピアノになんか特殊な加工がしてあったり?

違う。単に演奏の技術なのである。

その証拠に、長い長い間その店でピアニストをつとめた彼が引退し、他のピアニストに変わった瞬間、その店は私にとって我慢ならない空間に様変わりしてしまった。

あれから一度もあのバーには行っていない。

★★★

これまで、料理も雰囲気もイケてるのに「二度と行かない」と決意したレストランやバーは数多い。
料理がマジ美味しかったりすると個人的に本当に痛恨である。

せめてここでお願いしておく。

レストランの皆様へ
生演奏とか本当にやめてください。コースの途中でも退出したくなります。
もし生演奏をやりたいのであれば「環境としての音楽」を提供できるプロの演奏者を選別してください。ついでに言うと、演奏が下手すぎて耐え難いということが多すぎです。一人あたり1万円近くでその仕打ちだと、思わず「機関銃があったら乱射したい」強い衝動に駆られます。