理研小保方STAP幹細胞論文不正事件の問題点

いうなれば「理研小保方STAP幹細胞論文不正事件」になるだろうか。
2014年1月29日、理研の華々しいプレスリリースからはじまった論文不正騒動である。

この件については11次元氏による「小保方晴子STAP細胞論文の疑惑」(http://stapcells.blogspot.jp/)に論点も経緯もすべてきれいにまとめられている。

まず、小保方STAP論文のとんでもなさは明らかである。

STAP細胞の多能性を示す図(Fig.2d, Fig.2e)が、STAP細胞とは無関係の小保方氏の博士論文からの流用」

いくらなんでもこれはなかろう。

3月14日に行われた理研の会見では野依良治理事長が小保方氏について「未熟な研究者」と何度もいい、山中伸弥教授がSTAP騒動に関連して「30代の研究者は未熟」と発言した。
しかし、これは「未熟」、すなわち、若いまたは経験不足ゆえに生じた問題であり、指導して「成熟」に導くべき。といった性質の問題とは明らかに違う。

小学生でも普通やらない種類の不正である。

しかし、あんな派手に「事実なら画期的な研究」を「簡単にできるんです」と発表したら、こんな杜撰な不正がばれるのは時間の問題である。にもかかわらず、やる。普通の人にはちょっと出来ない。多分、小保方氏は空想(妄想)と現実の区別がつかない傾向があるのだろうと思う。

ただ、論文不正などよくある話である。有名どころをいくつか挙げよう。

・2002年ベル研究所シェーン事件
STAP事件と非常によく似ている。しかし不正論文数などもシェーン事件の方が遥かに多いし、不正の発覚までかかった時間も遥かに長い(その分、再現に努力した世界中の研究機関の損害も大きい)。

・2005年 黄禹錫ES細胞論文不正事件
お隣、韓国の大事件。この事件の負の影響は計り知れない。この事件もSTAP事件と似ている。

・2010年 アニリール・セルカン事件
東大助教の経歴詐称が半端なかった事件。これは「愉快な詐欺師事件」。

・2013年 ノバルティス社ディオバンの臨床研究不正事件
悪質さや規模の大きさでSTAP事件の比ではないと思う。最も真面目に追及すべき論文不正事件。


とはいえSTAP論文不正事件ほど日本で注目を浴びた論文不正事件もない。そしてこのSTAP論文不正事件が浮き彫りにした問題は小さくない。ここに問題点をまとめておく。

1.早稲田大学の学位審査システムと教育環境の問題

小保方氏の早稲田大学における博士論文は論文の体をなしていない。
・冒頭20ページ近くの文章がNIHのサイトからのコピペ
・各章のリファレンスまでもがコピペ。本文と全く対応していない。
・複数の実験画像がバイオ系企業サイトに掲載されている実験画像の盗用
  →実験自体を行っておらずデータを捏造。

しかし。

「小保方氏のSTAP細胞論文における様々な問題は、小保方氏個人が責められるべきものではなく、早稲田大学の教育環境や学位審査システムの特質性にもその要因が在ります。」
http://stapcells.blogspot.jp/2014/02/blog-post_20.html

小保方氏が所属していた常田聡研究室以外でも「コピペ論文」が多数確認されている。

このままでは、今後、早稲田大学の理工学系大学院出身者の、ことアカデミア関連の就職は困難になるだろう。
また、ここで対策がされないのなら、私だったら早稲田理工系の大学院には進学しない。高い学費を払って評価されない教育を受けても意味がない。

「コピペ博士」なんぞを世に送り出す大学院(正確には研究室)などなくていい。

 早稲田大は先進理工学研究科で学位を得た複数の著者の博士論文に不正の疑いが指摘されていることを受け、同研究科の全ての博士論文約280本について、研究不正の有無を調べる方針を決めた。調査結果を踏まえ、学位の取り消しを検討する。
(2014年4月7日朝日新聞

学位取り消ししないと流石にまずいんじゃなかろうか、というレベルの論文不正があることは既に11次元氏が指摘している。11次元氏が調べたものなど、どう考えても氷山の一角だろう。調査結果をふまえて早稲田大学はどう対処するのだろうか。

(1)学位取り消しはどのような基準で行うのか。

どの程度の不正が学位取り消しなのか。

不適切な引用または剽窃の数や全体に対する割合でみるのか。
一発アウトな事例にはどのようなものがあるか。例えば、実験の結果です!と載せられた画像がどこかからのコピペだったなどは分かりやすく論外だろう。

どのような基準を早稲田大学が示すのか、その基準は公開されてしかるべきだ。
取り消し基準と取り消し論文の状況(数や所属研究室など)は注目すべきところだろう。

(2)学位取り消し者に対する「補償」をどうするのか。

論外な博士論文について「学位取り消し」は当然なのだが、取り消された側は釈然としない場合も多々あるだろう。
想像してみる。数百万円の学費を払い、「こんな感じで博士論文は書いとけばいいから」と言われて、いいのかな、と疑問に思いつつも「指導」に従って書いた論文で学位をとり、この騒動で今さら調査なんかされて学位取り消し。

学位取り消しをされた者から学費の返還を求められてもおかしくないと思う。そこは学位審査をきちんとしていない早稲田大学がくらうべきペナルティだろう。

しかしこのペナルティリスクを考えると、厳しく調査したくないインセンティブ早稲田大学に働く。このペナルティリスクに調査が骨抜きにならない仕組みをどう担保するのか注目したい。

(3)不正論文多発研究室は閉鎖するのか。
不正論文多発研究室は、教育機関・研究機関として機能してないということになろうから、当然、研究室は閉鎖、率いていた教授は免職が妥当だ。

ここで研究室が存続したら、今後の論文不正の抑止にならない。
しかし、研究室閉鎖、免職基準は示されるのか。

過去の事例では教授に対し自主的な辞職を暗黙のうちに促すことが多いようだが、それで居座る人もいよう。
これを機会に論文不正があった場合の研究室、指導教授の具体的ペナルティが明示されるのだろうか。

(4)今後、論文の学位審査システムと教育環境をどう改善するのか

一番肝要な問題はここ。
研究室ごとに指導や教育のあり方は違って当然だ。しかし「早稲田大学院(理工学系)クオリティ」担保の仕組みは大学がつくらなければならないのではないか。

他大学にも「コピペ論文博士」の乱造研究室は沢山あるだろう。

「うちの大学院のクオリティは確かです。一定水準以上の博士論文が提出されなければうちの大学の博士はとれません」という体制をいかにつくるか。

さて、早稲田大学はどのような解答を出すのだろう。

(追記:2014年7月17日、早稲田大学、博士論文の調査結果を発表。
関連記事:2014年7月17日「早稲田大学が終了した日」

2.理研リスク管理
ベル研究所でシェーン事件が起きた際、ある研究者はこう語った。

以前のベル研究所では、こうしたことは決して起こらなかったでしょう。昔は、上層部の人間が実験室までやってきて、論文の中身について『どうしてこの結果を得たのか、ここで見せてくれ』と厳しく訊いたものです。(村松秀「論文捏造」P.187)

それがゆえに。

かつてのベル研究所では、どんな論文審査よりも、どんな学会発表よりも、ベル研の審査を通過することがもっとも難しい、と言われてきた。
村松秀「論文捏造」P.188)

この審査の厳しさがベル研究所が名門たりえたゆえんだろう。

さて。「理研の審査体制」は存在したのだろうか。理研は名門であることが妥当な組織なのだろうか。

Natureも理研笹井芳樹氏の名前がなければSTAP論文を掲載はしなかっただろうといわれる。
そして理研が組織を挙げて華々しくプレスリリースしなければ、この論文不正がここまで注目を集めることはなかったはずである。
Natureに投稿する前に、また派手なプレスリリースをする前に、せめて理研は小保方氏の実験ノートをチェックすべきだった。また、小保方氏によれば「200回以上も」「簡単にできる」実験なのだから、理研内部で再現性を確認してから投稿すべきだったのではないか。

あまりにもリスク管理が杜撰だ。組織としてブランドに値するのかはなはだ疑問だ。
そしてその杜撰さが今回、世界的にばれたのである。今後、理研から出された論文はNatureに掲載されにくくなるだろう。

なお、理研は「不正を告発したら理研を去るはめになった」(Thomas Knopfel氏)とも告発されている。真偽のほどはわからない。しかし不正を防ぐ仕組みや思想がない組織なのではないかと想像させるエピソードではある。

理研は、というか研究機関は、論文投稿前に審査の仕組みがあるべきなのではないか。また、不正の取り扱いについての仕組みも必要だ。

理研の失われたブランドは取り戻せるのか。どうもそうは思えない。

4月7日の理研の会見で不審は決定的になる。
理研はSTAP論文不正の検証を行わない。



理研は「不正上等!(訳:理研は名門なので、不正があってもつぶれる訳がない!不正、あっても問題なし!俺たちは好きに研究やりますから!国の金で!)」と言い放っているようにしかみえないのだ。


もう理研は解体した方がいいのではないか。
もしもガバナンスの実現に今の理研は規模が大きすぎるならば、理研は分割してしまってもいい。または他の研究所、大学に再編されてしまっても構わない。
最適な研究所のかたちが模索されて欲しい。

3.ギフトオーサー問題、共著者の責任範疇とは

STAP論文は、著名な研究者である笹井芳樹氏の名前があったからこそNatureに掲載されたと言われる。
4月16日の笹井氏の会見はとにかく責任回避に終始していた。
政治感覚抜群の受け答えに「この人は出世する人だ」とは思った。しかし個人的には微塵も尊敬できない。

曰く、
「センター長の依頼で論文執筆のアドバイザーとして参加した」
意訳)俺の意思じゃないもん。頼まれたから共著者になったんだもん。

「生データはみてない」「若山(照彦・山梨大教授)さんがチェックしたという前提で見ていた」「論文投稿までの2年間の過程で最後の2ヶ月強に参加した」「論文の書きあげを手伝った」
意訳)論文の中身なんて知らねー。若山さんの責任だ。俺に責任ねー。

共著者の条件と責任範囲とはどうなっているのだろう?

著者は、投稿原稿の少なくとも一部 [at least one component of the work] に責任を負うとともに、それぞれの原稿構成部分 [each other component] の責任者を特定できなくてはならず、理想的には、共著者の能力や信頼性にも確信をもっているべきである。

著者資格は、以下の3点に基づいて認められるべきである。
①構想およびデザイン、データ取得、データ分析および解釈において相応の貢献がある、
②論文作成または重要な知的内容に関わる批判的校閲に関与した、
③出版原稿の最終承認を行った。
著者として認められるためには、以上すべてを満たさなくてはならない。
(生物医学雑誌への統一投稿規定:生物医学研究論文の執筆および編集 (2010年4月改訂版)

笹井氏は共著者となりえるための条件を満たしているのだろうか。
ギフトオーサー(gift authors)という論文不正ではないのか。
私は笹井氏が著者資格を満たしていたとは思わない。
また、STAP論文不正に責任なしとは思わない。

共著者となる資格とは何か、また、共著者の責任範囲はどう明らかにするのか、ここは議論されルールが明示されるべきところだろう。


4.利益相反問題(セルシード社と大和雅之氏の関連)

利益相反事項(論文出版により金銭的利益を得たり失ったりする可能性のある企業の社債や株の保有など)は、論文投稿の際に開示するべきとされています」
http://stapcells.blogspot.jp/2014/02/blog-post_44.html

セルシード社は「東京女子医科大学早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設(TWIns)」内に研究室を持っている。
http://www.cellseed.com/company/facilities.html
TWInsの所長は大和雅之氏(STAP論文の共著者)だ。

STAP論文発表後、セルシード社の株は暴騰。

セルシード社と岡野光夫氏(東京女子医科大学)、大和雅之氏(東京女子医科大学)と理研小保方晴子氏周辺のお金の流れは絶対解明されるべきこの事件の要の一つだ。
マスコミはここはきっちり追及すべきところだ。

インサイダーや不当な株価操作が強く疑われる。疑われるのは「いい加減な論文を発表して株価つり上げ大儲けの図」である。岡野氏と大和氏がこのまま逃げ切りとか許されないだろう。

2011年の小保方晴子氏、岡野光夫氏、大和雅之氏を著者とするNature Protocol誌の論文は完全に黒。
http://stapcells.blogspot.jp/2014/02/blog-post_44.html

研究者が自分のふところを肥やすために適当な論文を書き散らして発表していたら不正な市場操作だ。

しかし、どのような経緯でこの不正が発覚しうるのか。発覚したらどんなペナルティが課せられるのか。
この事例を1つのサンプルとして注目したい。


<関連図書>
村松秀「論文捏造」

論文捏造 (中公新書ラクレ)

論文捏造 (中公新書ラクレ)

NHKによるベル研究所のシェーン事件の取材に基づいて書かれている。シェーン事件と小保方事件は驚くほど似ている。これは決して意外な事件ではないことが分かる。浮き彫りにされるのは、研究世界の構造的な問題だ。

W.ブロード, N.ウェイド 「背信の科学者たち―論文捏造、データ改ざんはなぜ繰り返されるのか」

背信の科学者たち 論文捏造はなぜ繰り返されるのか?

背信の科学者たち 論文捏造はなぜ繰り返されるのか?

論文不正といえばこの本、というような名著だそうだ。STAP事件発覚当時、絶版で読めなかった。
Kindleで出版しとけばこうした急な需要の高まりも逃さないのに。
2014年6月20日再販。Kindleでも同時出版は素晴らしいが、Kin dle版の1700円はちと高い。1000円きってもいいんじゃないのかと。セールを待つ。

<更新>
2014年6月27日 「背信の科学者たち」再販をふまえ更新。