安野百葉子「オチビサン」

安野百葉子氏の描く「オチビサン」は四季折々の木々や花々が丁寧に描かれていて本当に美しい。あまりの美しさに、時としてはっと息をのんでしまったりする。

主人公のオチビサンと、近所に住む仲間たちの日常はほのぼのと幸福だ。オチビサンは人間なのかそうではないのか、ちょっと分からない。最初は擬人化された精霊のような存在だろうか、とも思ったが、最近は素直に、子ども目線や虫目線など視点が変幻自在な作者の分身なのだな、と思う。
なんだか繊細な詩のような作品でもある。

日本特有の季節感や風土、食べ物や風習などが主題になっていて、見事な日本の紹介作品にもなっている。江ノ電とか、舞台は鎌倉だが、そのものずばりの鎌倉の代名詞が描かれていなくても、時折、あ、この空気はまさに鎌倉だと感じることもある。

妙な共同体幻想などなくて、一人一人が個であることに立脚しているから、クスッと笑えて暖かいけれど寂しさや孤独をはらんでいる。
舞台は鎌倉というローカルであっても、むしろ鎌倉というローカルさときちんと距離感のあるユーモア感覚から、「これはむしろ海外で受ける作品ではないか」という気がする。

多分、海外展開は作者も意図しているのだろう。台詞が横書きなのは多分その証左だ。

そう考えると、この作品は、文部省ならぬ経済産業省推薦書になるだろう。また、外国における日本の認知度や好感度を上げることが任務の外務省にとっても押さえるべき作品のはずだ。

外務省設置法
(外務省の任務)
第三条 七 内外事情の報道及び外国との文化交流

というわけで、「オチビサン」は、いつか気が付けば日本より海外で高い評価を得ていたり、日本を代表する漫画作品の一つになっているかもしれない。多分、なるんじゃないかな、と私などは確信している。

それにしても、作品の品質の高さもさることながら、世界を視野に入れて描かれているという先見性が凄い。

電子書籍の時代到来で漫画作品は、これから作者が主導権を握っての海外展開が容易になるだろう。そうなれば翻訳のしやすさや海外でのターゲット層、海外でどういった読まれ方(使われ方)が可能かの想定を織り込んで描かれるのが当然になる。
でもまだそうした視点を感じる漫画作品はまだまだ少ない。というか私は寡聞にして、まだそうした漫画作品に出会ったことがない。

そうしたマーケティング戦略がある(と思われる)ところも流石の作品だと思う。

安野百葉子「オチビサン

オチビサン 1巻

オチビサン 1巻