リトビネンコ事件とジャパニーズレストラン
「ロシアからイギリスに亡命していた元KGBのリトビネンコ氏が、ロンドンのジャパニーズレストラン(寿司バー)で放射性物質により殺害された」
私はこのニュースを極東の山手線内で見た。「まるで映画かスパイ小説みたいなニュース」としか思えず、現実感が全然なかった。
しかし、ロンドンでは違ったようだ。
なにしろリトビネンコ氏が放射性物質を盛られたと報道された件のレストランはロンドンの中心部、ピカデリーサーカス付近にあったのだ。
「その店に行ったことがある」とか「その店の前を通ったことがある」という、自分の日常のテイトリー内で事件が起きたら、感じられるリアリティーが全く違う。
事件後、件の寿司バーは閉店に追い込まれ、跡地は買い手がつかず長く放置されていたという。相当にインパクトの大きな事件だったようだ。
しかし、なぜそこまでの忌避感があったのか。
確かに「ここが暗殺現場だ」といわれて気持ちのいいものではない。
しかし、例えば日本でみてみれば、何度も抗争の現場となり、何人かは殺されてさえいる歌舞伎町の喫茶店「パリジェンヌ」などは今日も変わらず営業を続けている。
客層的に、いつ何時抗争的なものがあってもおかしくない危険のある店なのに利用客は絶えない。
また、1997年に山口組若頭だった宅見勝氏が射殺され、更には無関係な市民も流れ弾にあたって死亡した「新神戸オリエンタルホテル」(現ANAクラウンプラザホテル神戸)も今日まで普通に営業している。
大体、現場が流れ弾で傷ついたり、流血の惨事となる抗争後の方が、毒殺よりも店の内装などへの影響も大きいだろう。
リトビネンコ事件の場合、放射性物質が店内から検出されないことを確認して営業再開することはそんなに日数がかかることでも難しいことでもなかっただろうと思う。
しかし、ロンドンの寿司バーは閉店した上、跡地も買い手がつかない状態にあった。
考えられるのは、人々の放射性物質(ポロニウム210)という「得体のしれないもの」への忌避感だ。
人間は必ずしも合理的な行動をとる動物ではない。実際には、その寿司バーやその跡地に危険は特にないはずだ。にもかかわらず、である。
放射性物質(ポロニウム210)という「なんだか分からないが恐ろしいもの」が人々に与える精神的なインパクトの大きさは相当なものなのだなと思う。
これだけインパクトの大きな殺し方をしたロシアの意図はなんだろう。と思う。
なにしろ放射性物質(ポロニウム210)などという普通の人には手に入らないもので殺しているのだ。
リトビネンコ氏「変死」の原因は不明とされているが、まず間違いなくFSB(ロシア連邦保安庁。旧KGB)の仕業だと、私も含めて多くの人が思っている。
リトビネンコ氏という勇気ある告発者の暗殺は「見せしめ」なのだろうか。
しかし、「ロシアは怖い国」という強烈なイメージはどう考えてもマイナスだろう。
また、この衝撃的事件によってリトビネンコ氏の告発に注目した人も多かっただろう。その一人が私だ。
ロシアはなぜこんな殺し方をしたのだろう。
実は深い意図などなくて「いつもロシア国内でやっている殺しをイギリスでもやっただけ。ロンドン市民や世界の人々に与えるインパクトとか、別に考えてなかった」というのが実情かもしれないが。
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2013年10月6日「リトビネンコ事件」
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