天才映画監督、山中貞雄

天才映画監督、山中貞雄の名前を知ったのは、NHKの名プロデューサーだった吉田直哉氏の著作による。それからずっと山中監督の映画をいつか観たいと思っていた。
東京で「丹下左膳餘話 百萬両の壺」の上映情報を見つけた時には、快哉を叫んだ。
そんな期待値高騰の状態で観たのが「丹下左膳餘話 百萬両の壺」である。

にもかかわらず「丹下左膳餘話 百萬両の壺」は遥かに私の期待を上回っていた。
洒脱で洗練されていて、間違いなく映画史上に残る名作である。

私は戦前の日本を随分と低くみていたかもしれない。
1人の天才がいたとしても、それを生み出す土壌がなければその天才は開花しえない。
戦前の日本の文化水準は相当高かったのだ。

山中貞雄は1909年(明治42年)に生まれ、1938年(昭和13年)9月に戦病死している。享年28歳。
出征にあたり「紙風船が遺作とはチト、サビシイ」との言葉を残しているが、山中監督が戦争から生きて帰り映画をつくったら、それはどんなものだったのだろうかと思うと「チトサビシイ」どころではない。

山中貞雄監督の作品で、現在、観ることができる映画は3本しかない。
丹下左膳餘話 百萬両の壺」、「河内山宗俊」、遺作となってしまった「人情紙風船」だ。これしかプリントが現存していない。映画の命は意外に儚い。
当時、映画は消耗品ととらえられていたこと、映画フィルムが可燃性であったことを知れば納得ではあるが、あまりに惜しい。

しかし、シナリオならば相当数残っているようだ。折角シナリオが残っているならば、山中貞雄監督レスペクトの素晴らしい映像作品ができないだろうか、と夢想する。

 昭和八年の作品『盤獄の一生』では、「騙されて」「また騙されて」「日が暮れる」という三枚の字幕が、主人公のお人好しの正義漢、盤獄がドン・キホーテの如く立ち向かうこの世に、どんなに悪がはびこるかを示した。ラストは夜明けの街道。「盤獄どこへ行く?」「江戸へ」「騙されに」――怒り狂って江戸へと走る盤獄の姿と組合される字幕である。
吉田直哉「透きとおった迷宮」)

これを読むだけで「盤獄の一生」も名作だったと確信する。

山中監督の3本の映画は、DVDで手軽に観ることができる。しかもうち2本は500円以下で売っているとなれば、もう買うしかないだろう。

山中貞雄監督「丹下左膳餘話 百萬両の壺」
音声が聞き取りにくいのがちょっとつらい。日本語字幕付版がでると嬉しいのだけれど。

丹下左膳餘話 百萬両の壺 [DVD]

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山中貞雄監督「河内山宗俊
河内山宗俊 [DVD]

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山中貞雄監督「人情紙風船
人情紙風船 [DVD]

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なお、山中貞雄監督の文章は電子書籍で読むことができる。

構成に、又、表現に関しては、文学の場合と映画の場合と技術原理が違うのだ。
文学の目が如何に客観的であるとしても、キャメラの持つ様な純粋客観性は持ち得ないであろう。
僕等はそのキャメラと共にものを見、それを語り、それを生かそうとして相当の年を喰って来た人間だ。(山中貞雄「気まま者の日記」)

映画を職業とする者の強烈な自負が感じられる。
そして「映画には映画の表現の技術がある」というのは、本当にその通りだ、と納得してしまう。