空襲もまた凄まじい

8月、必ずニュースなどで取り上げられるのは広島であり長崎の原爆だ。
なぜ広島であり長崎なのか。多分、理由は3つだ。

・人類史上初の原子力爆弾投下だったから。
・一瞬の破壊力があまりに劇的だったから。
・きのこ雲が視覚的に印象的だから。

もしも最大の理由が、

・非戦闘市民の居住地を広範囲に破壊し、死傷者数が半端なかったから。

であるとするならば、広島と長崎だけをクローズアップするのはちょっと違うかもしれない。
市民の居住地に対する攻撃は原爆の投下のみではない。

1945年1月以降、日本全土で低高度都市焼夷弾空襲(絨毯攻撃)が頻繁に行なわれた。絨毯爆撃を受けた都市は67都市、平均焼失率は4割ともいわれる。福井市のように95%が焼かれ、ほぼ焦土と化した都市もある。
空襲の資料から、空襲を受けた都市と市民の被害状況も原爆と同様に悲惨であったことが分かる。マクナマラ元米国防長官(当時、陸軍中尉であったマクナマラは、ルメイ少尉とともにB29爆撃機による低空からの都市爆撃を提案し、また原爆投下にも携わった)は、東京大空襲の被害を聞き「戦争で勝つためなら1晩で10万人の市民を殺してよかったのだろうか?」「ルメイも私も戦争犯罪を行ったのだ。もし負ければだ。でも、勝てば許されるのか?」と自問している。

今日、空襲被害はどちらかといえば忘れ去られている。
日本各地に空襲の資料館は一応あるのだが、はっきり言って地味な存在だ。
東京大空襲の資料センターなど、開館時間が短いし、場所も地味というか行きにくい。もしかして資料館はこれしかないのだろうか。

東京大空襲・戦災資料センター
http://www.tokyo-sensai.net/index.html

私としては、1941年以降の日本全国の空襲被害を網羅した空襲博物館があってもいいのにと思う。
ついでに各都市の戦後の復興計画比較をやったら超面白くて意義深い資料館になると思う。
(参考記事:戦災復興特別都市
もっとも、その「日本空襲博物館」に来場した日本人が妙な被害者意識を持ったりするのは勘弁して欲しいところなので、作るならまずはプロローグ、入り口付近で重慶爆撃(1938年〜1943年)をがっつりかますといいと思う。


<参考>
映画「The Fog of Warマクナマラ元国防長官の告白」

実は私はこの映画を観て日本全国の空襲被害の凄まじさを初めて知った。
ひたすらマクナマラ長官のインタビューとその解説映像で構成された映画だが、アメリカの政治、軍事のメインプレイヤーの一人だったあのマクナマラの見解は本当に興味深い。そしてマクナマラ長官はやはり切れ者。そして死ぬまでアメリカの政治家であり続けた。エキサイティングな映画で、超お奨めだ。