国会議事堂と天皇制

国会議事堂は、日本の繁栄の象徴といっていい豪華さと重厚さを誇る。
現在の国会議事堂は、1936年(昭和11年)に完成している。つまり、戦前の価値観を体現していることになる。

国会議事堂で印象的なのは「天皇の存在感の大きさ」だ。

総工費の1割をかけたという天皇の「御休所」の豪華絢爛さにまずは驚く。

参議院議場では、議長席の上に位置する天皇玉座、議場後方にはど真ん中の御簾で覆われた天皇専用の傍聴席と、「天皇はここに君臨する」という思想が視覚的に明確に伝わってくる。

もっとも現行憲法上でも天皇は重要な位置づけにある。天皇の国事行為を改めてみてみると結構すごい。

・国会の指名に基づいて内閣総理大臣を任命
・内閣の指名に基づいて最高裁判所長官を任命
国務大臣その他の官吏の任免を認証
・国会を召集
・法律や条約を公布

この天皇の国事行為が巧妙に政治利用される可能性とか、時代によってさりげなく実質が変容したりする可能性(天皇がなにがしかの政治的権力を握る可能性)も考えうる、とちらりと思う。

とにかく21世紀日本国民の素直な感覚としては、普段、意識することのない天皇の国会における存在感の大きさにびっくりしてしまう。
多分、こうした空間を仕事場にしている国会議員と一般の国民とでは、天皇制に対して自然と感覚はずれるだろうと思う。

★★★

顧みれば昭和の時代、普通の家庭の居間に天皇、皇后の御真影肖像画を掲げられている風景は珍しくなかった。多くの家庭では敗戦を迎えたからといって御真影を捨てたわけではなかったし、戦中派の多くは死ぬまで天皇陛下に対する独特の忠誠感を拭い去ることはできなかった。
しかし戦中派が世を去ったり、引っ越しや建て替えなどの契機に居間などにあった御真影は消え去る。今はもう滅多に見ることはない。せいぜい「皇室カレンダー」を見かけることがあるくらいだ。それも稀だが。
いつの間にか市井の風景も、天皇に対する心象風景も随分と変わったと思う。

ちなみに私にとって「天皇」といえば今でも昭和天皇だ。美智子様は「妃殿下」であり、浩宮は「天皇の孫」という感覚が抜けない。

前社長時代からの古株従業員がなかなか新社長を「社長」と認められないというような耄碌した感覚もあることは確かだが、私としては「天皇」に必然性のあった時代は昭和で実質終わりなのではないかと思っていることも大きい。

★★★

歴史上、最も存在感の大きな天皇といえば明治天皇だろう。「天皇といえば明治天皇」というくらいの圧倒的な存在感だ。
なにしろ明治天皇明治維新で果たした役割は非常に大きかった。日本国民という神話をつくるうえで天皇は大きな役割を果たした。天皇という存在がなければ、帰属意識としては藩の感覚が強く、大体、言葉も今よりずっとお国ことばが強烈で意志疎通も多少は困難だったと思われる当時、日本が一つの国家としてまとまるのは難しかっただろう。
しかも明治天皇は果敢に変革の旗手を務め、卓越したリーダーシップを発揮した。偉丈夫で、大変に魅力的な人物であった。日本国民が心酔するのもよく分かる。

昭和天皇の歴史に果たした役割の大きさはまた独特で強烈だ。

しかし、1945年の終戦民主化以降、天皇制は実質的に役割を終えたのではないか。


国会議事堂にある「天皇専用のトイレ」や「天皇専用の傍聴席」などは、結構な面積を占めるが使われることはほぼない。それはそうだ。実権を持たない(政治に関与してはいけない)天皇が国会に頻繁に足を運び、熱心に傍聴したりするのは違和感がある。
あの使われない空間は、普通にもったいなすぎる。

明治を振り返ればあの傍聴席(玉座)がある意味は分かる。

 明治天皇は内閣の会議には必ず出席していました。議場は夏には耐えがたいほどの暑さになることもありましたが、不快を訴えることもなく議事に聞き入りました。とはいえ、一度も言葉を発したことはありません。あとで議長を呼んで質問をすることはありましたが、議事中はただそこにいただけです。それが自分の義務だと思っていたのです。
 もし天皇がそこにいなければ、内閣らしい話はなかったでしょう。長い間、内閣を構成する多くの人たちは、戊辰戦争で業績を上げた軍人たちでした。政治などの複雑かつ高度な問題にあまり興味がない者もいます。もし天皇が出席していなかったら、雑談とか猥談とか、いろいろ楽しい話をしたに違いない。しかし天皇がそこにいたために、そういう話はできなかった。大臣らしい行動をしなければならなかったのです。
(出典:ドナルド・キーン明治天皇を語る」)

国会(参議院)も、天皇の存在感により「国会は国政の場だから、それにふさわしい行動と発言を」というプレッシャーを明示する意図があるのだろう。

しかし現在、「政治などの複雑かつ高度な問題にあまり興味がない者」が国会にいることがそもそもNGだし、また、選挙でそんな輩を選出してしまうとすれば、その責は国民が負うものだ。現在、国会を注視し、緊張感を与えるのは国民の役目だろう。

国会議事堂は時代に合わせたリノベーションとか考えないのだろうか。

基本的には21世紀日本において、天皇の果たすべき役割はもうなくていいと私は考える。

本当は、日本はそろそろ天皇制から卒業してもいいころだ。


<関連記事>
2013年5月6日 皇室に関する一考察