暴力団対策のおかしさ

なんとなく昨今の暴力団排除条例(東京都は2011年10月に施行)に違和感があった。
暴力団といえば溝口敦氏。この分野のジャーナリストとして誰もが認める第一人者だ。
溝口氏の「暴力団」を読んでこの違和感がなぜ生じるのか、私なりに解消した。

暴力団 (新潮新書)

暴力団 (新潮新書)

さて、まずは初心にかえって暴力団の定義をみてみよう。
暴力団は「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」にこのように定義されている。

暴力団 その団体の構成員(その団体の構成団体の構成員を含む。)が集団的に又は常習的に暴力的不当行為等を行うことを助長するおそれがある団体をいう。

「構成員が集団的に常習的に暴力的不当行為」って、おい。そんな団体、存在自体が違法でないとおかしいだろう。
というか、「暴力団」などと呼ばれる団体が合法というのは普通にありえない。だって「暴力(を売り物とする民間)団体」ですよ。

暴力団に詳しい三井義広弁護士はこう言っています。
「犯罪を専門とする組織が日本で法的に許容されていること自体がおかしい。壊滅、壊滅と50年近く言い立てながら、いっこうに壊滅しないことのおかしさにいい加減気づいてもいいんじゃないですか」
暴力団という組織犯罪集団の存在を認める法律を持っているのは、世界の中で日本だけなのです。
(溝口敦「暴力団」)

あらためて「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」の第1条(目的)を読んでみよう。

第一条 この法律は、暴力団員の行う暴力的要求行為等について必要な規制を行い、及び暴力団の対立抗争等による市民生活に対する危険を防止するために必要な措置を講ずるとともに、暴力団員の活動による被害の予防等に資するための民間の公益的団体の活動を促進する措置等を講ずることにより、市民生活の安全と平穏の確保を図り、もって国民の自由と権利を保護することを目的とする。

暴力団の存在をまず肯定し、そして「必要な規制」を行う。
確かにこの第一条からだけでも「暴力団がいないと困るんです。僕たちのメシのタネですから」という警察の思いがよく伝わってくる。

本来、刑法に「暴力団はこれを禁止する。結成、運営、加盟、すべて禁止」と定めればいいものを、暴力団は合法として認めたうえで暴力団対策をしようとするから変なのだ。

そう、昨今の暴力団排除条例に対する違和感は、つまり、「暴力団の存在を肯定した上で排除する」という構成と思想の気持ち悪さにあったのだ。

なるほど。

★★★

昨今、暴力団は暴対法などで追いつめられているという。ならばいっそ、

○○組は(○○会は)生まれ変わります。
○○組および○○組の構成員はコンプライアンスを重視し、適正な事業活動を行い、市民社会の一員として社会に貢献していきます。

とか、かつての某都銀のような宣言をうったらいいのではないか。
暴力団はいっそ、脱暴力団宣言してみたらどうや。もちろん言葉だけではなく本気で。

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