生命保険はやめても「淋しくない」

数年前、「給料が大幅に下がったので保険を見直したい」という相談を受けたことがある。

相談者のプロフィール
・福利厚生が充実した大企業勤務(勤続30年以上)
・年齢は55歳
・子どもは全員就職して独立済み(末の子も25歳過ぎ)
・持ち家

「…一般的に申し上げまして、こちらの生命保険(60歳終了の定期型。死亡保障のみ)は要らないという判断もできるかと思います。」
「そんな淋しいこと、言わんといてぇなぁ!」

叫ばれてしまった。

生命保険に入る理由は「淋しいから」?
確かに今まで加入していたものをやめるのは淋しいかもしれない。でも冷静に考えてみれば、生命保険が担保できるのはあくまで経済的保障でしかない。
当たり前だが、保険金は「誰かが死んでしまった淋しさ」を埋めるものではない。遺族が生命保険を受け取ったときに「ああ、あの人、家族のこと(私のこと)を考えて生命保険に入っていてくれたんだな。」という慰めになることはあるにしても。
保険が保障するのはあくまで遺族の経済リスク。生命保険(死亡保障)加入の是非は、自分が死亡したときに遺族に経済リスクが発生するかどうか、必要性から考えたい。

というわけで、先の相談が今現在されたものとして、この方が死亡された場合の状況をシミュレーションしてみよう。

1.経済的影響を受けるのは誰か?
相談者が死亡することで経済状況が大きく変化する人は配偶者のみ。

2.遺族(配偶者)の経済状況シミュレーション

(1)持ち家なら、今後の住居費がほとんどかからない。
住宅ローン支払い中であっても、団体信用保険でローンが清算されるので、後は固定資産税のみの負担となる。

(2)定期収入1:遺族厚生年金がある。
遺族厚生年金は月額12万円程度は期待できるだろう。先の相談者のような大企業勤務であれば12万円以下ということはあるまい。
(平均標準報酬月額45万円、18歳または22歳から厚生年金加入、55歳死亡、配偶者の年齢は40〜64歳、と仮定した場合。)

遺族厚生年金の算出方法
http://www.sia.go.jp/seido/nenkin/shikumi/shikumi04.htm

平均標準報酬月額の参考:社会保険事業の概況(社会保険庁
http://www.sia.go.jp/infom/tokei/gaikyo2007/gaikyo.pdf


(3)定期収入2:配偶者は働ける。
子どもも独立しているのであれば、フルタイムで働く障害はない。配偶者が専業主婦で、得られる職が最低賃金(642円〜821円)の時給パートしかなかったとしても月10万円くらいは得られるだろう。

参考:地域別最低賃金の全国一覧(厚生労働省
http://www2.mhlw.go.jp/topics/seido/kijunkyoku/minimum/minimum-02.htm

(4)資産1:死亡退職金がある。
ざっくり2000万円くらいとみてよいだろう。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001026839

(5)資産2:貯蓄がある。
死亡した場合について保険で備えなければいけないわけではない。貯蓄も備えのひとつだ。
金融資産を保有している世帯の保有額の中央値は820万円。(出典:2010年「家計の金融行動に関する世論結果」金融広報中央委員会
先の方も、おそらく800万円程度の貯蓄はあるのではないか。

http://www.shiruporuto.jp/finance/chosa/yoron2010fut/10yoronf001.html

(6)独立して働いている子どもがいる。
いざとなったら、子ども達から多少の援助を受けることも可能だろう。



ちなみに死亡保障3000万円(満期金なし)の生命保険に契約している場合の月々の保険料例は以下の通り(2011年8月調べ)。

ライフネット生命死亡保険:月額保険料17,194円
(男性・保険金額3000万円・契約年齢50歳・定期・保険期間10年)
http://www.lifenet-seimei.co.jp/

オリックス生命死亡保険(FineSave)月額保険料17,280円
(男性・保険金額3000万円・契約年齢50歳・定期・保険期間10年)
http://www.orix.co.jp/ins/index.htm


保険料負担は年額20万円を超えてしまう。夫婦でちょっと贅沢な国内旅行くらい軽くできてしまう金額だ。

生命保険は損失補てんという考え方に立たないため、必要保障額はあくまで契約者本人の価値観と判断にゆだねられる。「いくら入るべき」「やめるべき」ということはなかなか言えないものである。


さて改めて問おう。「生命保険(死亡保障)は必要ありますか?」
その保険によって得られるものと負担との釣り合いはとれていますか?

個人的には、死んだときには保険金よりも、家族に思い出や写真が沢山残っていた方が「淋しくない」のではないかな、と思ってしまう。