徘徊ノススメ、そして泊まれる職場環境を

2011年3月11日、都内在勤者のうち7割が帰宅。帰宅手段は徒歩が約6割。
http://www.tokyo-cci.or.jp/kaito/chosa/2011/230713.html

私はたまたま会社以外の場所で地震に遭遇した。そこから自宅までは10kmもない。JR、私鉄が運休しても余裕で歩いて帰れる。この場合は「近距離徒歩帰宅者」であって「帰宅困難者」ではない。
http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/shutohinan/6/shiryou_4.pdf

しかし「歩いて帰れる」ことを知識として分かっているのと、歩いたことがあって経験的に知っているのでは全く違う。

今回たどった道程はすべて何度か自転車や徒歩で通ったことがあった。だから帰れることについては体験的に知っていたのだが、途中、若干うろ覚えの箇所があった。地図でも確認してこの道で間違いないはずと分かっていても少し不安になる。よく知っている道にたどり着いた時はほっとした。

知らない道を歩く場合と知っている道を歩く場合ではかかるストレスが違う。

もしも徒歩や自転車で一度も通ったことのない道を歩かなければならなかったとしたら相当ストレスだったと思う。

実際に歩いてみて分かることは多い。坂道なのか平坦な道が続くのか。歩道が整備されているか。歩道が非常に狭くて歩行者にとって危険な道ではないか。そして道の雰囲気。そこが風俗街や剣呑な雰囲気の漂っているエリアではないかどうかなど。

例えば、池袋、大塚には赤線地帯の名残が色濃く残る独特の地域が広がっている。日本だから基本的にはどこを歩いても安全なはずだとは思っていても、やっぱり土地勘がなく歩き出すのは怖い。

3月11日、池袋駅前、サンシャイン通り巣鴨駅前の白山通りなど、よく知られた大通りは物凄い混雑ぶりだった。

大通りなら、足を踏み入れて激しく後悔するようなエリアに突入してしまうリスク、道に迷うリスクが少ないだろうと誰もが思う。多分、それが大通りは異常に混雑しても1本入った道は割と閑散としていた理由だと思う。私だって路地をわけいるような細い道は、よく知った道でなければ避けただろう。

つくづく普段の活動圏はよく歩いて道や店を把握していることが重要だと痛感した。メインルートだけ知っているのでは不充分。例えば、どこかの道が通れなくなったとしても違う道を行けば帰れる等、複数のルートを知っておくと強い。

通勤時はできるだけ毎回違う道を歩くようにしているが、時間があるときは1駅歩くなども有効だと思う。

そして地図が手元にあると心強い。私は普段から東京の地図を持ち歩いている。地図があると初めての土地でもある程度、徘徊できる。長年、愛用している地図は昭文社の「文庫地図東京」。鞄にこれが一冊あるだけで安心できる。というか、外出時にこの地図がないと不安になる。

文庫地図東京

文庫地図東京

もちろんスマートフォンやi-phoneに、地図ソフトをインストールしておいてもよいのだが、どうもアナログの地図の安心感も捨てがたい。

有事の際に「迷える子羊」は少ない方がいい。

普段行かない出先や旅行先で地震にあってしまったら。
その土地の情報がないということは、どうしても弱者にならざるをえない。せめて普段の生活圏内で地震等にあった場合に臨機応変に対応できる態勢でありたい。そのためには普段からの情報収集が重要だ。自分に余裕がなければ他者のフォローにまで手が回らない。情報と余裕があれば、旅行者などのフォローも多少なりとできるだろう。

かの関東大震災(1923年)の際、吉原の娼婦が多数犠牲になった。

娼家の中には、火災発生後も娼婦たちを廓内にとどめた家が多く、それらの家の娼婦たちは逃げる機会を失ってしまった。それに、娼婦たち自身にも、機敏に逃げる能力が欠けていた。それは廓外に出ることを厳禁されている彼女たちが方向感覚に乏しかったからで、地震につぐ火災に身の危険を感じながらも廓外に逃げ出すことができなかった。
吉村昭関東大震災」)

吉原の娼婦たちの境遇は哀れで胸が詰まる。しかし、普段、積極的に徘徊し情報収集していなければ、地震などの際に吉原の娼婦状態になってしまわないか。

そして今回徒歩帰宅が可能だったのは以下の条件を満たしていたからだ。
社会的条件
・停電しなかったので街が明るかった。
・大規模な火事や倒壊等がなく、道の安全が確保されていた。
個人的条件
・自宅まで歩いて帰れる距離だった。

この3つの条件を満たしていない場合、徒歩帰宅はできない。または帰宅しない方がよい。

会社は、帰宅困難者がオフィスに留まることを認め、奨励すべきだろう。都内の職場が社員全員を職場から放出したら街は大混雑するし避難所に収容しきれるかも疑問だ。避難所よりは慣れた職場に留まる方が安心だと思う人も多いだろう。それに長距離を歩かなければならないのにもかかわらず無理に帰宅することで、体調を崩したり事故に巻き込まれる人が出る可能性もある。遠距離徒歩帰宅者は少なくした方がよい。

布団などに横になって寝ることができなくても構わない。自席や休憩室で過ごせればそれでいい。翌日が出勤日であっても帰宅することさえ認めてくれれば。

会社(総務部)が、震災に備えて準備すべきは、ロウソクや懐中電灯など停電しても使用できる光源の用意だろうか。

飲料については社内に自動販売機や給茶機があれば充分だろう。
食料も普段、各自の机の中に飴やカロリーメイトなどのちょっとした非常食を用意しておくことを奨励しておけば1晩くらいなんとかなるだろう。

今回、認知症の家族や小さな子どもが心配で何が何でも帰宅するという人もいた。それは仕方ない。しかしそういう「是が非でも帰りたい」という状況にない人の方が多いだろう。その場合、無理に帰宅するより職場に留まる方が社会的にも個人にとっても望ましい。

東京商工会議所のアンケートによれば、「震災時、「帰らずに会社にとどまるように」との呼びかけがあった場合、どうしますか?」との問いに対して「家族の安否が分かれば帰らないようにする」48.7%、「自宅の状況が分かれば帰らないようにする」23.9%。
「どうしても帰りたいので帰る」と回答した人は12%に過ぎない。

家族の安否確認の手段、自宅の状況確認の手段が課題だが、そこさえクリアできれば職場に留まれる人がほとんどだ。
今回は「自宅が近場の人は帰宅した方がよい」という状況だったと思っている。しかし、次回は違う状況かもしれない。

震災時などに従業員が留まれる職場環境を提供することは、間違いなく企業の社会的責任というものであろう。次回に備えた検証は各社でされているのだろうか。